ガンス嫌い
■人魚姫とガンスは、館の庭園にいた。
まるで恋人同士のように、仲睦まじく談笑する、人魚姫とガンス。
ハンス(仮名)はソレを、遠い柱の陰から、シャツの裾を噛みしめ、うらめしそうに見ていた。
女の子ならイジらしい姿であろうが、男であれば情けなくもみっともない姿…。
まったく。少しは主人公の自覚をもって欲しいものである。
「…ハンス(仮名)……ハンス(仮名)……」
柱の陰から顔を覗かせ、爺さんがちょいちょいと呼び寄せる。
まるで家から叩き出されたダメ亭主が、妻の怒り具合を探りにきたようである。
こちらも少しは、ギルドの長という自覚をもって欲しいものである。
「なあに、 爺ちゃん?
コソコソとなんで隠れてるの?」
「ワシがここに居ること、アヤツにはいっておらんじゃろうな?」
爺さんは親指をガンスに向けた。
「うん。
ガンスは爺ちゃんがここにいること、知らないの?」
「アヤツと顔を会わせたくないんじゃ」
「ははぁ〜ん。
さては爺ちゃんも、ガンスが苦手なんだね〜」
祖父の弱味を知って、いじわるな眼差し。
なにをネダろうかと、頭の中で候補がぐるぐる回る。
「“も”ということは、おまえ“も”か、ハンス(仮名)」
う、と言葉に詰まるハンス(仮名)。
ぐるぐる回っていた“おねだりたち”が、失速して墜ちた。
「アヤツの爺には、何度も煮え湯を飲まされたんじゃ。
いつも影でコソコソやりおって…。
一族揃って、陰険の血が流れておるんじゃ!!」
どうやら、ハンス(仮名)と似たような過去を持つようである。
「ここしばらく顔出さんかったから、安心しておったんじゃが…」
「どうにかしてよ、爺ちゃん。
ガンスのヤツ、姫さまが気に入ったらしいんだよ」
「姫さんも、まんざらでもないようだの」
まるで人事。
いや、人魚姫がいくらで売れるか、そろばんを弾いているようにも見える。
「じいちゃ〜ん〜」
すがりついて泣く肩を、祖父はガシッと掴む。
「ハンス(仮名)、あとは任せた! 応援しとるぞ!
わしゃ、アヤツは苦手じゃ」
「じいちゃ〜ん……」
「泣くな。気色悪い。
男なら、自分でなんとかせいッ!!」
「なんとかできるなら、やってるよ〜!
ボクに勝ち目があると思う……?」
「ない」
大声を上げて泣く、ハンス(仮名)。
ガンスの目を気にして爺さんは狼狽えると、ハンス(仮名)の口を塞いで囁く。
「知っとるか?
アヤツ、ヨットでデートをしゃれこんで、相手に突き落とされたんじゃと。
くっ、くっ、くっ!
そのまま浮かんでこなければ、おもしろかったんじゃがの」
「そのジョーク、つまんない…」
「ジョークであるものか。事実じゃよ。
小さい頃に、いやというほど教えたじゃろ」
どの教えであろうか…?
判然としないハンス(仮名)に、祖父は言葉を続けた。
「勝ち負けは情報がモノを言う。
どう使うかは、おまえ次第じゃ」
■「……」
そ〜と。用心するように、スフィアが玉室をのぞき込む。
「? どうしたの、スフィア?」
“封印の眠り”に入った人魚姫。そしてハンス(仮名)。
飛び猫はガンスを送りにいって、まだ戻らない。
玉室にいるのが二人だけであることを確認すると、スフィアはほっと安堵をついた。
「やっと帰ったんだね」
スアィアは、ほっかむりした逆さ箒を持っていた。
「ガンスのこと?」
「スフィア、あのひと、きら〜いッ!
イヤだっていうのに、変なことばっかりするんだもん!!」
「変なこと? スフィアに?」
「うん。エッチなこといわせようとしたり……。
さっきだってスフィアの手、ギュッと握って、離してくれなかったんだよ?
ホラ、見てよ、ハンス(仮名)」
スフィアが小さな手を差し出して見せる。
白い肌に、痛々しい真っ赤な跡がついていた。
「大丈夫? 痛くなかった?」
ハンス(仮名)はかわいそうな手を、やさしく撫でさすってあげる。
「痛かったよ、とっても。
スフィア、涙が出そうになっちゃった。
でも、姫さまの大事なお客さまだから、必死になって堪えたんだよ。
スフィア、エライでしょ?」
「こんなになるまで、我慢しなくてもいいのに…」
スフィアの前髪を、そっと撫でる。
「うん。ハンス(仮名)がやさしくしてくれたからいいの!
スフィアの心配してくれるの、ハンス(仮名)だけだね!!」
スフィアがハンス(仮名)に、すりすりと抱きつく。
「あははは…」
苦笑いしながら、ハンス(仮名)は人魚姫の眠りを、横目で確認した。
「ひどいんだよ? 姫さまも飛び猫も。
スフィアのいうこと、ぜんぜん信じてくれないんだもん!」
同病、相哀れむ。
ふたりは肩を落として、ひとつの溜め息をついた。
「
「ガンスが来てたの?!
その話し、初めて聞いた」
「ルビーのこと、覚えてるでしょ?」
「赤毛で髪の長い、三つ編みがよく似合う子だよね。
笑うとえくぼがかわいくて、クロワッサンを作るのが得意だったっけ」
「うん。ハンス(仮名)の105番目の奥さん。
背中に古傷があったでしょ?」
「そ、そうだったっけ」
「アレ、……ガンスにヤラれたんだよ」
■りりんに体を洗われ、ハンス(仮名)は泡だらけとなっていた。
「ガンス?
知ってるわよ。ここにもよく来るし」
そういってりりんは、泡だらけの胸で、ハンス(仮名)の腕を洗い出した。
「わたしは一度も相手をしたことはないけど。
…痛いのはゴメンだもの」
「痛いって?」
「そういうシュミなのっ!
なんか、前にもこんな台詞いったわね……あっ!」
「どうしたの?」
「思い出したの。
アクアを捨てたの、ガンスよ」
「それ、間違いない?」
「もちろん。
えらく長い名前だったもの。
…ガンス……ハンス(仮名)……。
なんだか似た名前ね。名字も…後半が似てるし……」
「あっ!」
「どうしたの、ハンス(仮名)?」
「いまの、すっごく、気持ちよかった!!」
「そう? 変な処がイイのね……」
「うん。たまにヤッて」
■ピアスは怒ったように、フラインパンをジュージューいわした。
「知らないわよ、ガンスなんて。
知りたくもないッ!」
「ということは、知ってるんだ。ガンスのこと」
「だからいってるでしょ?
“知りたくもない”って!
女ったらしの従兄弟がサドだったなんて、知りたくもなかったわよ!」
「あ、サイですか…そこまでお知りですか……」
「それよりハンス(仮名)」
ピアスはフライパンから皿に盛りつけ、おいしそうな料理を出した。
「今日は小うるさい小姑、どうしたのよ」
「湯気を立ててるスパゲッティは、とってもおいしそうだよね〜♪」
「姫さまともども、サド王子と晩餐か…」
「お、おいしいね、ピアスの作った料理は!」
「泣かないでよ、莫迦。
くやしいなら、くやしいって、男らしく叫びなさいよッ!」
煮え切らないハンス(仮名)に怒ると、ピアスはハンス(仮名)からスバゲッティを取り上げた。
「だってぇ……」
ハンス(仮名)はフォークをくわえて、今にも泣きだしそうな顔である。
「あ〜! もう、うっとおしいッ!!
どっちが哀しいのよ?!
姫さま? それともスパゲッティ?!」
「……両方」
「莫迦ッ!! もう知らないッ!!」
プンッとピアスはそっぽを向き、ハンス(仮名)はフォークをくわえたまま、ぐじぐじ…。
沈黙の小屋の外で、ふくろうだけが流れる時を数える。
「アクアのことだけどね…」
ピアスはポツリと口を開いた。
「なんとかなるかもよ。
“鋼鉄の処女”は一種の封印だから、封印を解けばいいのよ」
「……封印を、解く…?」
「心からあんたを“欲しい”、と思わせるのがてっとり早い方法ね。
そうすれば内なる魂の力で、封印が解かれるわ」
「それって、えっちしたくさせろってことだよね?
強力な催淫剤でも使うの?」
ピアスは、けらけらと笑った。
「莫迦。“心から”っていったでしょ?
あんたにホレなきゃ、なにやってもダメよ!」
「ホレさせるねぇ…」
アクアとはわるい関係ではないが、そんな関係になるかは怪しいものである。
それに、姫さまやニーヤはなんというだろう…?
本格的に捨てられ、ガンスの元へ走ってしまうのではなかろうか…。
「まあ、つまるところ、あんたの努力次第ってワケよ。
がんばってね」
ハンス(仮名)の不安などは知らず、ピアスは勇気づけるように微笑んだ。
「でもさ、ピアス?
アクアはガンスのことが好きだったんでしょ?
じゃ、ガンスはなんでダメだったんだろ…?」
「アイツのは痛めつけるだけでしょ?
SMってのはね、そんなもんじゃないのよ。
アクアはどっかで、受け入れたくなかったてことね」
ピアスは小莫迦にしたように肩をすくめた。
「ふ〜ん。くわしいんだね」
ピアスはポッと頬を赤らめた。
「ほ、本で読んだだけよ…。
よ、読みたかったら、貸すわよ?」
「ふーん…。それって、えっちな小説ぅ〜?」
「莫迦っ!」
ピアスはエプロンをハンス(仮名)に投げつけた。
「でもピアス?
なんでボクに、解除の方法を教えてくれるの?」
ピアスも紋章を集めているのは知っている。
解除法を教えるなど、敵に塩を贈るようなものである。
「あたしがアクアの紋章を取ることはできないけど、あんたならなんとかできるでしょ?
そしたら、あんたから紋章を取り返すの。
あたしのと姉さんのと、アクアの紋章。
三倍付けでドンっ! ね」
ピアスはニコニコ、とてもごきげんである。
「まだ諦めてないんだ……」
「莫迦ねぇ! 当たり前でしょ?」
[ Prev: インターミッション ] - [ FrontPage ] - [ Next: ハンス(仮名)の計略 ]