首輪をした歌姫
■今日も今日とて、ハンス(仮名)は人魚を捜し求めていた。
そこには不可思議な絵文字で、魔方陣が描かれているのである。
「ねぇ、ねぇ、ニーヤ?
これ、なんて書いてあるの?」
「“高給確約、美女優遇”」
「……じゃ、こっちは?」
「“人魚急募!! 一切面談ッ!”
人魚の文字で、そう書いてあるの」
ハンス(仮名)は目をパチクリ。
「なにソレ。
まるで求人広告だね」
「だってそうだもの。
奴隷とはいえ、主人を選ぶ権利はあるし、ちゃんと雇用契約も結ぶのよ。
虐待されれば申し立てて、契約も破棄できるし。
だいたい、暴力ふるって人魚を捕まえるなんて、ハンターの風上にもおけないわ。
だからそういう甘〜い言葉で、人魚を誘惑するの。
わかった?」
「ふ、ふ〜ん、人道的なんだね…」
マーメイド・ハンター。その実、求人広告のサンドイッチ・マン……。
「当たり前じゃないっ!
人魚は牛馬みたいな、家畜じゃないんだもの。
奴隷は単なる身分と職業よ。
戸籍のない人間と同じにね」
ニーヤはおかしそうに笑うと、フッと溜め息をついた。
「でも、昔は相当、ヒドかったらしいわ。
ギルドができてから、かなり改善されたんだって。
りりんがいってたわ」
「そうなんだ」
「お陰で今でも、ムリヤリなハンターがいるけど。
そういう輩に限って、上玉捕まえてくるのよね…。
だからギルドも、多少のことには目をつぶっちゃうのよ。
困ったモンだわ…」
「ムリヤリって…?」
「ムチでしばいたり…縄でキツク縛ったり…ロウソクとか…。
…その…ムリヤリよ…」
ゴニョゴニョ、ニーヤは言葉を濁した。
いやよいやよもなんとやら。
ムリヤリなのかは、怪しいものである。
肩をすくめると同時に、ハンス(仮名)にはちょっと納得するものがあった。
なぜか体臭のキツイときに、人魚を捕まえることが多いような気がしていたのである。
それも朝勃ちのスゴイときと、満月が近いときに。
人魚も大抵、身を火照らせた感じだ。
貞操帯がなく、ニーヤがいなければ、そのままえっちしてしまうであろうくらい、ムンムンと女のフェロモンを振りまいて現れるのである。
つまりは発情した人魚が、ハンス(仮名)の匂いに釣られてフラフラ寄ってくる、というコトなのであろう。
ハンス(仮名)はフッともうひとつの疑問を思い出し、自分の股間に貼りつけた、魔物退治の御札のようなものを指差した。
「ねぇ、ねぇ、じゃ、これは?」
ハンス(仮名)の差したものを見つめると、飛び猫・ニーヤは真っ赤になった。
「ねぇ、ねぇ、これはなんて書いてあるの?」
「う、うるさいわね」
しつこいハンス(仮名)に、ニーヤはプイッとそっぽを向いた。
「あ、わかった。
読めないんでしょ?
恥ずかしがらなくてもいいんだよ。
もともと文盲率が高いんだし、ニーヤは猫なんだから、読めなくて当然だよね〜♪」
「ば、莫迦にしないでよッ!
読めるわよ、そのくらい!」
ハンス(仮名)は目を弓なりに曲げ、にへら〜、と開いた口で不信を隠さない。
そうまでされると、読まないワケにもゆくまい。
ニーヤは苦々しげに、ハンス(仮名)を睨んだ。
「と、当方…き、巨根なり。み、蜜壺大満足……」
「ふ〜ん。まだ続きがありそうだね」
「じゅ、熟女…恍惚。し、処女…も、悶絶……」
「なるほど…。
で、意味は?」
ぐっと、さらにニーヤは赤くなった。
「あれ〜? もしかして、わかんないの〜?
別に恥ずかしがらなくてもいいんだよ。
猫なんだもんね〜♪」
「そのテにのるかッ!
この変態エロガキ〜ッ!」
飛び猫が、ハンス(仮名)のスネに囓りついた。
「ぎゃ〜ッ!」
バサッと草むらに倒れ込むと、そこには入り江があった。
静かな歌声が、そよ風に流れる。
その美しいハミングに目を向けると、引き潮で頭を出した岩礁に、ひとりの人魚がいた。
薄紫の鱗を煌めかせ、楽しげに水と戯れる彼女は、突然の闖入者に気づいていない。
平和な歌声と、静かな波音…。
まぶしい日差しと、均整のとれた肢体…。
しばし見とれるハンス(仮名)。
その無垢な瞳が、少しずつ大きくなった。
彼女の背中に、痛々しい傷跡のついた、紋章を見つけたのだ。
平和な光景に似つかわしくないそれは、一転して残酷なモノを見せつけられた思いだった。
「ねぇ!」
ハンス(仮名)が声をかけると、歌姫はハッと息をのんだ。
おだやかにうち寄せる波音。
ハンス(仮名)が二の句を次ごうとした瞬間、彼女は波間に飛び込み、大きな飛沫を上げた。
「待って!」
走って後を追う、ハンス(仮名)。
水の抵抗もなんのその。ざぶざぶと波を蹴り上げて進み、いきなり海に吸い込まれた。
「ハンス(仮名)ッ!」
飛び猫の叫び声が水音で消された。
(ゲゲッ! 遠浅かと思ったら、急に深くなってる!!)
山育ちのハンス(仮名)を、川は許してくれても、海はやさしく迎えてくれなかった。
手足を必死で動かすが、服や装備の重さで、思うように浮かび上がれない。
(そういえばボク、海水浴は初めてだったな……)
などと、息苦しさの中で冷静に思ってしまう。
そしてゴボッと最後の一息が飛び出ると、ハンス(仮名)の気は遠くなった…。
「ハンス(仮名)ッ!」
気がつくと砂浜の上。
飛び猫とさきほどの歌姫が、心配そうに覗き込んでいた。
「まったく!
泳げないクセに、海の中まで女の子追いかけるなんてッ!!
アンタ、ホントに莫迦ねッ!!」
ぶんすかの飛び猫の隣で、歌姫が胸を撫で下ろす。
状況からすると、溺れた処を歌姫に助けられたらしい。
「大丈夫?
あそこは急に深くなるから」
「ありがとう」
そういうと、ハンス(仮名)の目がうるうるした。
「男のクセになに泣いてんのよッ!」
飛び猫が、ぺしん!と頭を叩く。
「だって、だって……ひさしぶりなんだよ〜。
こんな優しい扱いうけるのぉ〜。
人を疫病みたいに、触るとウツるとか、妊娠するとかぁ〜」
「自業自得でしょッ!」
「あの…、なにか、伝染病でも持ってるの…?」
少々、たじろいで歌姫が聞いた。
「そうね。
ビョーキともいえなくないわね」
「やめてよ、飛び猫っ!
せっかくの心のオアシスを、コンクリートで基礎工事するようなマネしないでよぅ〜」
いいつつ、ハンス(仮名)は歌姫に抱きついた。
「アンタには姫さまがいるでしょッ!
離れなさいよッ!
女だったらなんでもいいの、もうッ!!」
「やだい、やだい〜!」
飛び猫はハンス(仮名)の首根っこを引っ張り、ハンス(仮名)はダダっ子のように歌姫に抱きつき。
歌姫は困ったように苦笑を浮かべた。
「へぷしっ!」
ハンス(仮名)がかわいらしいクシャミをすると、歌姫はクスリと笑った。
「体が冷えたのね」
いわれてハンス(仮名)は、ブルッと体を震わせる。
「うん。お天道様はあったかいのに、なんか、底冷えするみたいだよ…」
「ここは寒流が流れ込むから、水がすごく冷たいの。
服を脱いで、早く体を乾かした方がいいわ」
「うん。そうするよ…へぷしっ!」
「うふふ。お大事にね、ハンス(仮名)!」
歌姫は微笑を残すと、再び波間に消えた。
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