インターミッション(森の人魚さん)
■ハンス(仮名)とニーヤは、山道を歩いていた。
“湖の人魚”のウワサを耳にし、ハンス(仮名)が行ってみようといいだしたのである。
聞けば、その身体に紋章を目にした者もいるという。
ならばと渋々、同行する飛び猫・ニーヤであるが…。
「人魚は海の者よ。
こんな山の中にいるワケないじゃない!」
半信半疑どころか、真っ向否定である。
「でも、山クジラだっていることだし」
「い・な・い!」
「人魚屋のおやじさんの情報だよ?」
「いないってば」
「……いた」
「いないわ…よ…」
山道のド真ん中に、人魚がいた…。
どうしたものか、水場も遠い坂道に、とれたてピチピチ、ジタバタとしていたのである。
ハンス(仮名)はニーヤと目を見合せ、その足を早めた。
その人魚は、かなりの上玉に間違いがない。
木漏れ日に光る緋色の鱗、シナを作ったその背中は美しく、続く腰周りは大きく、なんとも色っぽい。
うまく
「ねぇ、ねぇ、お嬢さん? ギルドで売られてみない?
いまならもれなく、3パーセント還元だよ〜」
声をかけると人魚は、ビクンっと飛び上がった。
「あんた、いつから訪問販売員になったのよ…」
そういって振り向いた顔は、よくよく縁深いものであった。
「ピアス?!」
その顔はたしかに間違いない。
しかしいつもと違って、その下半身は人魚そのもの。
「ピアスって、人魚だったの?」
「そうよ。わるい?」
ピアスはいかにも不機嫌そうである。
「じゃあさ、ギルドで売られてみようよ〜。
ピアスなら、すご〜い値で買ってくれるよ?」
「あんた、ケンカ売ってるの?
あたしは、ギルドに反抗してる者よ?」
「ああ。そういえばそうだったね。
生花農業組合の…」
「人魚解放同盟っ!」
そう怒鳴ると、ピアスはニーヤをキッと睨んだ。
「ちょっと、そこの化け猫!
あんた、この色ボケにどんな教育してんのよ?!」
噛みつられた飛び猫は、これまた噛みつかんばかり。
「人聞きのわるいこといわないでっ!
あたしがいつから、下半身莫迦の調教師になったのよっ!
“陸に上がった人魚”っ!」
「好きでこうなったワケじゃないわよっ!!
タンポポ猫っ!」
「まぁ、まぁ、まぁ…」
泥試合を感じて、ハンス(仮名)が割って入る。
「あ。そうだ。
コレ、ピアスのだよね?」
娼館で拾ったイヤリングを差し出すと、ピアスはひったくるようにそれを取った。
「ど、どこで見つけたの?!」
「大事な物だったの?」
ハンス(仮名)はピアスの問いをさりげなくかわした。
娼館でピアスに会ったことは、飛び猫には内緒にしていたからである。
「ええ。すごく大切なものよ…」
素直に頷くと、ピアスはイヤリングを胸に抱いた。
「これには月光石が仕込まれてるの。
特別製だから、易々、手に入る代物じゃないわ」
なるほど。
そのお陰で、いつも人の姿でいられるというワケである。
「で。なくしたお陰でこの有り様。
片方だけだと、ふいに効果が途切れちゃうのよ。
気をつけてはいたんだけどね…」
ピアスはヤレヤレ…といった感じで、溜め息をついた。
「ピアスって、意外にドジなんだね」
「“意外に”は余計よ、ハンス(仮名)」
飛び猫がイジわるくたしなめるが、ピアスはイヤリングをつけるのに集中して、耳に入らなかったらしい。
つけ終わるとピアスは、耳のイヤリングを自慢げに見せびらかした。
「どう?」
「うん。よく似合うよ」
女性らしい、うなじの線がよく映える。
見とれるように見ていると、目にボヤけたような感覚があって、いつのまにか、ピアスの足ヒレはムチッとした太股の脚に変わっていた。
「い、一応、礼をいっておくわ。
あ、ありがとう」
スッと立ち上がると、ピアスは土汚れをはらい、目を合わさず礼をいった。
くびれた腰から盛り上がる尻も、胸に負けじと肉付きが良い。
両の脚はムッチリとした曲線を描き、とてもソソられる。
「イヤリングを拾ったのも、ココで見つけられたのも、あんたでよかったわ。
他のハンターだったら、どうなってたやら…」
鼻の下を延ばす視線に気づき、途端にピアスは真っ赤になった。
「きゃ〜〜〜〜〜〜っ!!」
まるで少女のような、かわいらしい悲鳴が木霊する。
「この莫迦っ!」
「あぐぅっ!」
ガツンと、ハンス(仮名)の後頭部を飛び猫が叩き、マントを剥ぎ取った。
「前言撤回っ! あんたなんか死んじゃえっ!
このケダモノっ!」
前を隠して拳を振り上げるピアスに、飛び猫がマントを差し出す。
「コレで隠して」
「あ、ありがとう。助かるわ」
これが女の連帯というものか。
こういう時だけは、犬猿の仲も角を引っ込めるらしい。
「ホント、オトコってケダモノは、どうしょうもないわね」
「まったくだわ。気を許すと、すぐイヤらしい目で見るんだから」
それがオトコの習性なのだから、仕方がないのである。
「ヒドイよ…もう…」
ハンス(仮名)は泥に顔を突っ込み、ミジメな気持ちで涙を流していた。
大切なイヤリングを届け、お礼のキスぐらいあってもよかろうに…。
不可抗力で、殴られるやら、罵倒されるやら、さんざん…。
それでも何もいえないのが、オトコの哀しい宿命であった。
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