インターミッション(「愛娘ッ! 許嫁ッ?!」)
■厳めしく祖父は待っていた。
「ハンス(仮名)の娘とな?」
孫の名をいうと、爺さんは苦虫を頬張ったような顔となった。
「はい、曾御祖父様。スフィアと申します」
可憐な少女はスカートを摘まみ、ちょこんと礼儀正しい会釈。
「ふむ。近こう寄れ」
「はい…」
不安な面持ちを隠さず、少女はそそ…と近づく。
「どれどれ…。
成長の度合いを、とくと味合わせてもらうかの…クク…」
いたいけな少女に、日に焼けた初老の手が延びる…。
「…ぁ…そんな…」
「ほ〜れ〜! 高い、高〜い♪」
爺さんは、スフィアを高く抱き上げた。
「きゃははっ! もうっ! 曾御祖父様ったら!
スフィアはそんな年じゃないですよ〜!
きゃははっ!」
「う〜ん。髪の色も目元も、死んだ婆さんの若い頃にそっくりじゃ。
かわえぇのぉ〜、かわえぇのぉ〜♪」
「きゃはっ! 曾御祖父様のおヒゲ、くすぐったいっ♪」
「…………」
無言のハンス(仮名)。
「ほんにかわえぇのぉ〜♪
初孫とは、こんなにかわえぇもんかのぉ〜♪」
「…………」
無言のハンス(仮名)。
「なんじゃ、ハンス(仮名)。
指など銜えても、おまえにはやらんゾ?!
コレはワシの初孫じゃからなっ!
さっさと去ねっ!」
「……初孫はボクなのに…ぐすん。
ボク、あんなコトしてもらった覚え、ないよ…ぐすん…すんすん…」
初孫・ハンス(仮名)はマントの端を噛みしめ、クラッカーのような涙を垂らす。
「まぁ、男親なんて、あんなモノよ」
厳めしく非情なギルドの長も、やはり人の子。娘の方がかわいいのである。
デレんとダラしないギルドの長を見て、ニーヤはハンス(仮名)の肩を叩くのであった。
■ハンス(仮名)はスフィアを連れ、館を案内していた。
遠路遥々やってきたスフィアを、遠い故国へ追い返すワケにもいかない。
ハンス(仮名)とともに、ギルドの館に住むこととなったのである。
「姫さまにお伺いしないとね」
ハンス(仮名)を見上げ、スフィアは小首をかしげた。
「姫さま?」
「うん。ボクの婚約者」
「な〜んだ。二号さんか」
「二号〜???」
飛び猫・ニーヤは、大人げもなし。
険しい目を無邪気なスフィアに向けてしまうのである。
「だって、婚約はあたしの方が先だもん。
正妻はあたし、姫さまは二号さん!
でしょ?」
「ハンス(仮名)、アンタ、この娘にどんな教育してんのよ」
「そうだよ? スフィア?」
父親らしく諭す声に、ニーヤはウンウンと頷く。
「計算間違ってるよ?」
「あ。そうか。お妃はもう231人いるから…
姫さまは232号さんだねっ!」
「そうそう。よくできたね〜♪」
「えへへっ!」
ハンス(仮名)はスフィアの頭を、ニッコリ、撫で撫で。
スフィアは、ぺっとり、ハンス(仮名)に貼りつく。
あまりの親莫迦ぶりにニーヤは目が点である。
「ちがうでしょっ! この莫迦親子っ!!」
■人魚姫は眠ったままであった。
「これが…姫さま…」
スフィアはまるで胸を掴まれたように、眠る人魚姫に魅入っていた。
「さ。ご挨拶して」
スフィアはハンス(仮名)に即され、スカートを摘んだ。
「お初にお目にかかります、人魚姫さま。
ハンス(仮名)の娘、スフィアでございます。
お会いできて光栄でごさいます。
以後、お見知り置きくださいませ」
うやうやしく、作法通りの丁寧な挨拶。
ハンス(仮名)の娘とは思えぬ、小公女ぶりである。
「姫さまも喜んでらっしゃるわ」
ニコリと飛び猫がいうと、スフィアは不思議そうな顔をした。
「飛び猫は、眠ったままの姫さまとお話しができるんだよ」
「へ〜。スゴイのね…。
猫なのに、言葉もしゃべれるし」
「大したことじゃないわよ」
「中に姫さまが入ってるの?」
「…入ってないわよ」
「まぁ、まぁ、ふたりとも」
ハンス(仮名)が、少女と飛び猫の間に割ってはいる。
「姫さまを起こしちゃわるいから。ね?
早く退室しようか」
なんせスフィアは、ハンス(仮名)のアレコレをイロイロと知り尽くしているのだ。
人魚姫に知られたくないこともあり、ハンス(仮名)はそそくさと退散したい。
「あ。待って。
もうひとつご挨拶があるの」
そういうとスフィアは、再びスカートを摘んだ。
「人魚姫さま。
ハンス(仮名)の“正妻”のスフィアでございます。
ふつつか者ですが、夫の愛を一身に授かっております。
以後は“なんの”ご心配もなく〜」
ピシッとなにかが割れる音がした。
ハンス(仮名)と飛び猫が凍りつき、人魚姫の眉がピクンと動く。
なんとスフィアの挨拶は、正妻が妾に対して「身を引け」といってるようなものだったのである。
「かわいらしい奥方さまね、ハンス(仮名)。
“正妻”がいるとは初耳でした」
目を覚ました人魚姫は、にこやかな微笑を浮かべていた。
「あ、あのね…あの…まだ妻じゃなくて…その…」
どういいわけしたものか、しどろもどろの隣でスフィアが微笑む。
「はい。まだ“許嫁”でございます。
結婚式のときにはぜひ、ご出席を。
232号さま!」
ピシッとなにかが割れる音がした。
「心しておきます」
にこやかな人魚姫。頬がヒクヒクしていたのは、いうまでもない。
「ハンス(仮名)?」
「は、はいっ!」
微笑を向けられ、直立不動となった。
「スフィアとの結婚式の前に、紋章は集まるのですよね?
もちろん?」
「う、うん、うん! も、もちろんっ!!
ね、集まるよね? ニーヤ?」
飛び猫は姫さまの膝で、大アクビ。
「ゆっくりでもよろしくてよ?
232号は他の方をお探しくださいね?」
氷の微笑は、ツララのように突き刺さった。
「スフィア?
わたくしが眠っている間、ハンス(仮名)をよろしく。
移り気な殿方には、誘惑が尽きませんから」
「はい、姫さま。ご心配なく。
悪い虫を退治するのも、正妻の努めでございます!」
「たのもしいわ。
またお話ししましょう、ハンス(仮名)のことを。
あなたとは楽しい時間が過ごせそうです」
「あたしも楽しいです、姫さま♪」
女たちは目と目で会話。
いつのまにやら協定が結ばれ、どうやらお目付役が増えたようである。
ハンス(仮名)は、なにもいえず…
「あぅっ、あぅっ!」
まるで調教される、オットセイのようであった。
■ふたりと一匹は、りりんの娼館へやってきた。
「うわあ。きれいな人魚さんがいっぱいっ!
みんな、ハンス(仮名)の新しいお妾さん?」
「ちがうわよ」
無邪気なスフィアに、憮然とした飛び猫。
桃色の髪の人魚が、ハンス(仮名)に手を振る。
ハンス(仮名)は手でバッテンを作ったり、口に指を一本立てたり、怪しい合図を繰り返していた。
「なにやってんのよ、アンタは?!」
「な、なんでもないよ〜」
ハンス(仮名)は吹けない口笛でゴマかした。
「お城がまだあったころを思い出すね!」
「へぇ〜。こんな感じで侍らせてたのね〜」
「あぅっ、あぅっ!」
ハンス(仮名)はまるで、オットセイのようである。
「りりんはいないみたいね」
ロビーを見渡して飛び猫がいうと、スフィアはあどけなく首をかしげた。
「りりんって…?」
「ここの責任者よ」
「色っぽいお姉さんで、苦労をしょいこむタイプ?」
「まぁ、色っぽいのはたしかだけど…」
飛び猫はハンス(仮名)と顔を見合わせた。
「頼られると断りきれず、ダメな男に貢いで、身を持ち崩しちゃうの。
もう! ハンス(仮名)ってば、そういうタイプに弱いんだから…。
ほら。場末の安酒場の女将が、フッとやつれた溜め息なんかするでしょ?
すると、
“ああ、ボクが支えてあげなくちゃ…”
なんて感じで、いつもコロッと。
97号さんとかね、26号さんとかね、38号さんとかね…。
それでなぜか、み〜んな、地獄耳なのっ!」
突然、二人と一匹は、背筋をゾクンと震わせた。
後ろを伺うと、いつのまにかにウワサのりりんがいた。
「ウチは場末なんかじゃありませんっ!
貢いでもいませんっ!!」
地獄耳なのは正解らしい。
「ハンス(仮名)!」
「な、なにかな? りりん?」
怯えるハンス(仮名)に、りりんが一枚の紙を突きつける。
「コレ、今月の請求書。
かなり溜まっているから、払うまでは出入り禁止よ!」
「え〜〜〜〜!
おちんぽ腐っちゃうよぉ〜」
ハンス(仮名)は、悪魔に魂の請求をされたような顔になった。
「知りませんっ!
わたしは貢ぐオンナじゃありませんからっ!」
「そんな冷たいこといわないで…。
お願いだよ、りりん…。
貞操帯の鍵、持ってるの、りりんだけなんだよ?」
「知りません」
「りりんだけが頼りなのに…。
りりんに洗ってもらえなかったら、ボク、カイカイ病で死んじゃうよぅ…」
「……。
もう…しょうがないわね…。
じゃ、一週間だけ待ってあげる」
「ホント?!」
「一週間だけよ?
その間に少しでも払って」
「うん! やっぱり、りりんはやさしいねっ!
ボク、そういうトコ、大好きだよっ!」
「もう…調子だけはいいんだから…」
どうやら、スフィアの見立てどおり。
あとは身を持ち崩すのを待つばかりである。
「それで? この娘は?」
りりんが、娼館に似つかわしくないスフィアを聞くと、飛び猫が紹介をした。
「ハンス(仮名)の娘で婚約者だって」
「うふふ。かわいらしい婚約者ね」
所詮は子供の約束。
そんな余裕の微笑である。
「よろしくお願いしますね。
叔母様!」
ピシッとなにかが割れる音がした。
「よろしくね。スフィア」
りりんは何事もなかったように、にこやかな微笑を浮かべた。
さすがにオトナのオンナは、こんなことには動じないのである。
「わるいけど、わたしは急用があるから。
また今度ゆっくりね」
そういうとりりんは、ふたりと一匹にかるく手を振った。
と。立ち止まり。
「ああ、ハンス(仮名)?
やっぱり、ツケ払い終わるまで出入り禁止ね」
「ちょ、ちょっとりりん〜」
こうしてスフィアは、メイドとしてギルドの館で働くことになり、ハンス(仮名)とともに館に住むこととなった。
ちなみにスフィアは、“館の小さなメイドさん”と巷で評判となり、ギルドの強面たちの心和ませる存在となるのである。
しかしそれはまた、別の機会にて。
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