待ってよ、白衣の天使-1
■看護婦姿のスフィアが、甲斐甲斐しく部屋を掃除していた。
「るん♪ るん♪」
ここ数日、ハンス(仮名)は人魚狩りにもゆかず、館の中で“白衣の天使”を探し続けていた。
その理由をスフィアは知らねど、ハンス(仮名)といられることはうれしいかぎり。
ウキウキ、自然と鼻唄が出てきてしまうである。
飛び猫・ニーヤは無邪気なスフィアを見るともなしに、深い溜め息をついた。
「…どこにあるのかしら…“白衣の天使”……」
「…くすん…ぐすん……」
ハンス(仮名)は朝から、膝を抱えてすすり泣き。
空は青く、どこまでも高いのに、部屋の中はどんより曇り。季節外れの雨期のように、しとしと、ジメジメである。
「…くすん…ぐすん……。
……このごろ、ボク、見えるんだよ…」
カビの生えそうなハンス(仮名)に、ニーヤはけだるげな横目を向けた。
「なにが?」
「もーほーさん。
たまにニーヤの姿が、毛むくじゃらで筋骨逞しいもーほーさんに見えるンだよぉ〜ッ!」
「失礼ねぇ!
あたしのどこが、もーほーさんなのよッ!」
「だって、だって、そう見えるんだもん〜ッ!
んでもって、なんか、こう、胸がキュンッて……。
あ〜、ボクはこのまま狂い死にするんだ〜ッ!」
わんわん、号泣するハンス(仮名)に、ニーヤは耳を塞いだ。
こうなっては、“白衣の天使”を探し出すどころではない。
なだめも慰めも通じぬハンス(仮名)は、もはや末期症状。
いや。すでに狂気の死に神が、取り憑いているのやも…。
と。はた、とハンス(仮名)は泣き止み、スックと立ち上がった。
「人魚姫のとこに行くッ!
どうせなら'''もーほーさん姿の人魚姫を見ながら死ぬッ!!」
「止めてッ!
それだけは止めてぇッ!!」
もーほーさん姿の人魚姫など、考えるのもおぞましい。
ニーヤは必死でハンス(仮名)のスボンにすがりついた。
「ええい離せ、お宮ッ!!」
などと、莫迦なことやってる、一人と一匹。
それとは対照的に、スフィアが上機嫌に歌を口ずさむ。
「ク〜ロス♪ クロス♪ テーブル・クロ〜スぅ♪」
ふわっと、テーブルクロスが広がる。
「クロス……?」
ニーヤの瞳孔がまん丸く大きくなった。
「それよッ! それだわッ!!」
「違うッ!
ボクが見たいのは、テーブルクロスのもーほーさんじゃないッ!!」
「違うわよ! “赤い十字の冠”ッ!」
「へ? テーブルクロスが?
白いし、冠じゃないよ」
「だから、赤い冠じゃないのよッ!
瑠歌は、布と十字を読み間違えたのよ」
「テーブルクロスには十字なんてないよ」
ぽかッ!
「いたいなぁ、もう…ボクはビョーニンなんだゾ?」
叩かれた頭を抑えるハンス(仮名)に、ニーヤは人指し指を立てた。
「いい? クロスは布じゃなくて、十字のこと。
つまり、“赤い十字の冠”なのよッ!」
「お皿、さらさら♪ 花瓶にお花♪」
なるほど。
皿を並べるスフィアの頭には、“赤十字の冠帽”がある。
「て、ことは……」
「“白衣の天使”はアレね。
なによ。タダの看護服じゃない!!」
ニーヤはフンっと鼻を鳴らした。
「スフィアッ!!」
「きゃうッ!」
やっと出会えた“白衣の天使”。
これでもーほーさんともオサラバである。
喜びあまったハンス(仮名)は、スフィアに抱きついていた。
「ハンス(仮名)…、やっとその気になってくれたの…?
スフィア、うれしいッ!!
でもだめよ…こんな明るいうちから……はずかしいわ…。
ああ、しかし……。
恋する乙女は、沸き上がる熱い欲望に、あらがえないのであった……」
スフィアはひとり盛り上がり、“白衣の天使”をスルスル、脱ぎ脱ぎ…。
「来てッ! ハンス(仮名)ッ!」
バッと、“白衣の天使”を投げ捨てた。
下着なしの、生まれたままのスフィア。
しかし、ハンス(仮名)と飛び猫の視線は、漂う“白衣の天使”を追い……窓の外に消えた。
「あああぁぁぁぁッ!
“白衣の天使”があああぁぁぁぁ……」
「そうよ、あたしが'''白衣の天使'''よ」
「こんのぉ〜、役立たずの色ボケがァ〜ッ!!」
絶叫するハンス(仮名)。
ハンス(仮名)に抱きつくスフィア。
ハンス(仮名)に噛みつく、飛び猫。
ドタバタ喜劇は、まだはじまったばかりであった。
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