ピアスとの再会
■ある夜、ハンス(仮名)は娼館に忍び込んでいた。
貞操帯なんて、つけたがる者などいやしない。
どうしても外したいハンス(仮名)は、りりんの鍵から合い鍵を作ろうというのである。
「しめ。しめ」
もちろん、りりんには内緒。
知らればギルドの爺さんに、もっとヒドイ目に合わされるからである。
「たしか、こっちの部屋に……。
抜き足…差し足…」
と。月光石でいっぱいに膨らんだ、唐草模様の風呂敷包みと出会った。
「!」
風呂敷の主とハンス(仮名)の、点となった目と目がかち合う。
「こ、この前はどうも」
声をひそめ、風呂敷を担いだ女がいった。
「この前って…?
どっかで会ったっけ…?」
薄暗がりではいまひとつ、相手の特徴がわからない。
「姫さまを連れ出す邪魔をしてくれたでしょ?」
そういわれて、相手があの晩の女だとわかった。
たしか人魚解放同盟とかいう、……生花農家の組合であったか?
「あ、ああ、あのことね……びっくりした」
ハンス(仮名)は、ひとまず胸を撫でおろした。
娼館の人魚であれば、すぐにりりんを呼ばれてしまうからである。
「な、なにやってるの? こんなトコで?」
「あなたはなにしてるの?」
聞いたのは、ほぼ同時。
「……あははは、あは」
「……ほほほほ、ほ」
ごまかし笑いも、ほぼ同時。
気の合う仲である。
「ボ、ボクはハンス(仮名)。
え〜と……」
「ピアスよ。
ウワサはいろいろ聞いてるわよ、ハンス(仮名)」
「色男って?」
「触っただけで処女が妊娠する、って」
「いいウワサだね」
「悪い方も聞いてるわ。
“人はパンのみにて生くるにあらず。
パンが食えなきゃ、菓子を食らえ!”
見事な演説ね」
「いいキャッチコピーでしょ?
文部大臣が作ったんだ。
演説と盗作の名人だったからね。
お陰でスィーツ目当ての観光客がたくさん来たよ」
ニッコリのハンス(仮名)に、ピアスは眉を険しくした。
「姫さまを返して」
「名台詞だね。実にわかりやすいよ」
「姫さまに手を出してないでしょうね?」
「うーん。残念だけど…、こんな状態なんだ」
いうとハンス(仮名)は、自分のズボンを下げた。
「きゃっ!」
ピアスは真っ赤な顔を隠して、容貌に不釣り合いな、かわいらしい悲鳴をあげた。
「立派でしょ? この貞操帯」
「胸はっていうことじゃないでしょッ!」
「くすっ。
見かけと違って、ウブなんだね」
クスリと笑われ、ピアスはバツのわるい顔になった。
「は、早くしまってよ」
「珍しいんだよ、これ」
「いいからッ!!
臭ってくるのよッ!!」
「誰かいるの?」
と、廊下の角向こうから、りりんの声。
「ま、マズイわっ!」
とばかりに、ピアスは逃げ出した。
「あ、ボクもっ!」
ベチンッ!
ハンス(仮名)もピアスに続いたものの、脱いだズボンが仇となって、無様に転んでしまった。
「イタッ、タタタタタ……」
思いっきり打ちつけた鼻を抑えると、ハンス(仮名)は床に、片方だけのイヤリングを見つけた。
りりんのものであろうか…?
「ハンス(仮名)?!」
灯の中にハンス(仮名)が見えると、りりんは目を丸くした。
スボンを降ろしたまま、無様につっぷした姿を見れば、誰でもそうなるのである。
「や、やあ、こんばんわ、りりん」
「なにしてるの? そんな格好で…?」
「え、え〜と…床掃除ッ!
そう! 床掃除だよ!!
そんでもって、コレ、見つけたんだ!」
苦し紛れのいいわけをしながら、拾ったイヤリングを見せる。
「…それ、ピアスのね。
ピアスが来てたの?」
「ぶるるるるッ!」
藪に蛇。
首を振るハンス(仮名)は、自白したも同然である。
「……」
りりんは、フッと溜め息をついた。
「それ、あの子に返してあげてくれないかしら?
あの子がどこにいるのか、わたし知らないの。
多分、ハンス(仮名)の方が会いやすいだろうから」
「う、うん。まかせて!」
「お願いするわ。
きっとあの子、探してるだろうから」
「大事なものなんだ」
「たぶんね」
りりんはまた溜め息をついた。
「お風呂に来たんでしょ?
いま用意するから、ちょっと待っててね」
「うん、待ってる」
りりんの後ろ姿を見て、ハンス(仮名)はほっと胸を撫で下ろした。
「……なんでホッとするのよ?」
「わぁっ!」
いつのまにやら隣に、飛び猫・ニーヤがいた。
「べ、別に隠し事なんかないよ?」
「そう、隠し事はないのね。
姫さまに“そう”伝えておくわ」
「ホ、ホントだよ」
「まったく…。
目が離せないんだから!」
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