あやしい海綿体
■入り江には今日も、穏やかな波音と歌声が流れていた。
「アクアッ!」
岩礁に座るアクアに呼びかけると、アクアはビクッと顔を向けた。
そして声の主がハンス(仮名)とわかるや、海へ飛び込み、砂浜までやってきた。
「ハンス(仮名)だったのね。よかった。
他のハンターかと思って、びっくりしちゃった。
風邪はひかずにすんだ?」
「ボクの名前、どうして知ってるの?」
この間の別れ際にも、名前を呼ばれて気になっていたのである。
「だって有名ですもの。
“元・王子さま”は」
「有名だなんて〜。そんなぁ〜〜」
微笑むアクアに、ハンス(仮名)はモジモジ、クネクネ。
飛び猫はその横で呆れ顔。
ハンス(仮名)が思っていることとは、別の意味であろうことは明白なのである。
「うふふ。
わたしって、才能あるのかしら?
二人も溺れた王子さまを助けるなんて」
アクアはペロッと舌を出してウィンク。
なかなかチャーミングである。
「アクアを捨てた王子も、溺れたの?」
アクアの笑顔が急に曇る。
「もうっ! アンタには、デリカシーってもんがないの?!」
ポカンッと、ハンス(仮名)は飛び猫に殴られた。
「ご、ごめんよ、アクア。
その、聞いちゃったんだ…アクアと、王子のこと…」
「有名ですもの。しょうがないわ」
アクアは自嘲気味にそういうと、入り江の外を指差した。
「王子さまは、あそこで溺れてたの。
たまたまわたしが助けて……それで…一目惚れしちゃった」
そいうとアクアは、照れたように頬を両手で挟んだ。
「でもギルドに行くのは怖かったから、魔法使いに人の姿にしてもらったの。
期限付きだったけど」
「なんか、聞いたような話しだね。
それって、人の姿にするかわりに、声を要求されたりしない?」
「いいえ。
……その、ちょっと恥ずかしい思いはしたけど…」
「……ありうるわね」
糸のような目で、飛び猫はポツリと呟いた。
「飛び猫、知ってるひと?」
「知らない、知らない、知りたくもない」
ブルブルと飛び猫は首を振り、アクアに話しを戻した。
「で。念願かなって、王子様に嫁いだはいいけど、実はそいつはサド王子だった…。
て、ワケね?」
「いいえ。王子さまはやさしく迎えて下さいました」
恥じらい、頬をぽっと染める、アクア。
「うぅ〜、かわいいよ〜。初々しいよぉ〜」
感涙するハンス(仮名)を、飛び猫が睨む。
「じゃ、その背中の傷はどうしたの?」
飛び猫の疑問を聞くとアクアは、一転してぽろぽろと涙を流しはじめた。
「わたしがいけないの。
王子さまにケガさせてしまったから…」
「ケガって…?」
「…海綿体断裂、および恥骨骨折……」
すすり泣きのアクアの言葉に、ハンス(仮名)と飛び猫は顔を見合わせた。
「…初めての夜に……ポッキリと……」
つまり、初夜に王子のおちんぽが、ポッキリ、折れてしまったと。
思わず股間を抑える、恐ろしい話しである…。
「わたし、“鋼鉄の処女”にされてしまってたの!!」
「が〜ん!」
ハンス(仮名)はハンカチを銜え、同情の涙を滝のように流し始めた。
「ひどいッ!
こんなかわいい子に、そんな仕打ち……。
天が許しても、おちんぽさまが許さないよっ…!」
大げさな反応に、飛び猫・ニーヤは目が点である。
「“鋼鉄の処女”って、なに?」
なにがひどいのか、ニーヤにはわからないらしい。
そんなニーヤに、ハンス(仮名)はハンカチを銜えたまま、説明しだした。
「“鉄の処女”って、知ってる?」
「ば、莫迦にしないでよッ!」
知ってて当然とばかりにいわれ、ニーヤはフンッと鼻息を飛ばした。
「大昔の拷問器具でしょ?」
「そうそう、中にトゲトゲがあって……。
て。ちが〜うッ!」
「ナニ、関西芸人のマネしてんのよ」
「最初にボケたのは、飛び猫でしょ。
“鉄の処女”はね、処女膜が異常に固いというか、厚いというか…、そういう、かわいそうな女の子の俗称なんだよ」
「なに照れてんのよ」
「いや、なんか、マジで解説すると、なんかね」
「つまりこういうこと?
アクアは“鉄の処女”よりも、もっと固い“鋼鉄の処女”にされたってこと?」
アクアは真っ赤な顔を隠したまま、コクリとうなずいた。
「……あの女なら、やりそうなことだわ」
「知り合い?」
「知らない、知らない、知りたくもない」
ブルン、ブルンとニーヤは首を振った。
「だから、わたしが悪いんです…。
王子さまは、あんなにやさしい方だったのに……」
アクアは、しくしく泣き続ける。
「ポッキリいったその日から、やさしい王子さまは、一転してサド王子に。
そんでもって、あなたを散々痛めつけたあと、ポイッと捨てたってワケね」
飛び猫・ニーヤは腕を組み、誰に対してか鼻息を飛ばした。
「わたしが悪いんです……」
「痛かったでしょ?
ツラかったでしょ?」
ハンス(仮名)は、滝のように涙を流した。
「ありがとう、ハンス(仮名)。
でも……王子さまがいいのなら、それでわたしはいいの」
アクアはしおらしく、頬を染めた。
「かわいいよぉ〜。しおらしいよぉ〜」
感涙するばかりのハンス(仮名)が、ポツリと呟く。
「姫さまも少しぐらい、こういう風にしてくれたらなぁ……」
「なんですって?!」
「だ、だって姫さま、いつもなんか……こう……」
ニーヤはハンス(仮名)の胸ぐらを掴んで睨み、ハンス(仮名)は顔を背けてしどろもどろ。
「なんか、なんだってのよ?」
「…木で鼻をくくったような、しゃべり方なんだもん」
「当たり前でしょ!
誰がアンタみたいなエロガキに、しおらしくしゃべるもんですかッ!!」
「ひどいなぁ……」
ニーヤが飛ばした唾を、ハンス(仮名)は顔から拭い拭い。
「ボクだって、“元”王子だよ?
なんか、扱いが全然違うんだもんなぁ〜。
どう思う? アクア?」
「ハンス(仮名)は愉快だわ」
クスリと微笑むアクアに、ハンス(仮名)はデレッと鼻の下を延ばす。
「それってさ〜、好きってこと?」
「さ、さぁ……」
■入り江の帰り道、ハンス(仮名)は首を傾げていた。
「でも、なんか、腑に落ちないなぁ……」
「なにがよ?」
「海綿体断裂、および恥骨骨折」
いきなりな言葉に、飛び猫・ニーヤは赤くなった。
「そ、それがどうかしたの?」
「アクアはいったよね?
王子はやさしく迎えてくれたって。
でもやさしい王子が、処女相手にいきなりブチかますようなこと、するかな?」
「し、知らないわよ。そんなこと…」
「入れた時点で痛くて、フツーならポッキリしないでしょ?」
「…いわれてみれば、そうよねぇ……」
「う〜ん、怪しい…海綿体断裂…恥骨骨折……」
マジな目をして呟く、ハンス(仮名)。
「……」
「どうしたの、飛び猫? 赤くなったりして?
あ、もしかして……欲情した…?」
「なんてこというのよ、レディに向かってェ!!」
別の意味で、飛び猫・ニーヤは真っ赤になった。
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