今日こそ勝負ッ!
■ハンス(仮名)と飛び猫は、湖へ続く、川沿いの道を歩いていた。
「今日のピアスの料理、どんなかな?
楽しみだね〜♪」
人魚捜しにいそしみつつも、ハンス(仮名)の心と足は、はや夕食に向いているのである。
「あんたねぇ…。
たまにはスフィアの料理も食べてあげなさいよ。
嘆いてたわよ、スフィア」
「うっ。
だ、だって、スフィアのは……破壊的というか、暴力的というか……」
「…まぁ、けっしておいしくはないわ……ね」
「でも、ホント、意外だよね〜」
「なにがよ?」
「ピアスってガサツで大雑把って感じなのに。
料理がうまかったりして、すごく女の子っぽいんだもん」
実際、アジトも粗末な小屋ではあったが、それでもなんとか飾りたてようと努力されているのである。
「口の周りを拭いてくれたりさ。
こまめっていうか、気配りがあるっていうか〜。
世話焼きなトコが、かわいいよねぇ〜」
同意をもとめて笑みを向けると、飛び猫・ニーヤはツンとそっぽを向いた。
「フ、フンだ。
姫さまにだって、料理ぐらいできるわよ」
「へ〜。どんな、どんな?」
ワクワク、キラキラな目をハンス(仮名)が向ける。
「ナチュラル風海草サラダ…」
人、それを“単なるワカメ”という…。
「あはっ! ヘルシーでいいねっ!」
「ば、莫迦にしてんの?! アンタ!!」
「な、なんだよ〜。ニーヤがいったんじゃないか〜」
などと。
相手が猫でなければ、痴話ゲンカなことをしていると…。
「勝負よ、ハンス(仮名)ッ!」
崖の上からピアスが現れたのである。
びしッ! と高圧的に指さされ、ハンス(仮名)とニーヤはあんぐりと口を開けてしまった。
「……な、なにやってるの? そこで?」
「……」
どうやら、深い考えもなしに登ったようである。
「き、気分よ。
そう、気分的な問題ね!
この方が、挑戦的でしょ?」
「まぁ、おたまで指されるよりはマシね…」
糸のような目には、少々の哀れみさえあった。
「う、うるさいわね…」
恥じ入るところをみると、ピアスにも自覚はあったようである。
「危ないよ〜、ピアス〜〜!!
そんな高いところ、コワくないの〜〜?!」
頬に手を当てハンス(仮名)が叫ぶと、繰り返す木霊が高さを再確認させた。
「大した高さじゃないわ!
ち、ちょっと、膝が震えるくらいのものよ」
それを“けっこうな高さ”というのではあるまいか…?
「と、とにかく。
勝負よ、ハンス(仮名)!
アジトで待ってるわ! 覚悟なさいっ!!」
「いわれなくても行くよ〜。
ごはん、食べに〜♪」
「だ・か・ら!
そうじゃないでしょッ!
勝負しに来るのッ!」
「ごはんは〜?」
「……つ、作っておくわよ」
「んじゃ、行く〜♪」
二つ返事をすると、さすがにニーヤは口を挟んだ。
「あのね。
状況わかってるの、アンタ?」
勝負というからには、紋章を賭けてえっちするということである。
しかも自信満々なピアスからすると…。
「ピアスが覚えてくれたんでしょ、ボクの名前。
そうでしょ〜? ピアス〜?!」
「まっかせなさいッ!」
ピアスはプルルンと、豊かすぎる胸を揺らした。
「ほらね。
たしか、飛び猫はまだだったよね…?」
「よけいなことはいわんでよろしいッ!」
ぽかっと飛び猫が、ハンス(仮名)の頭を叩いた。
「ふふん!
どうやら知能指数は、胸の大きさに比例するみたいね」
豊かすぎる胸が自慢げに弾んだ。
「そ、そんなことあるもんですか!
あたしは覚える気がないだけよッ!」
「やあねぇ〜、負け惜しみって。
ま、それも仕方がないわね。
勝てる要素なんて、ぜ〜んぜん、ないんですもの。
ホ〜〜〜ホッホッホ〜ッ!」
豊かすぎる胸が、せせら笑って揺れまくりである。
「な、なんですってぇ〜ッ!
大きければいいってもんじゃないのよ、ホルスタイン女ッ!」
「ホ、ホルスタイン…?
いってくれるじゃないの、乳首オバケ。
数ありゃ、いいってもんじゃないのよ!」
「乳首オバケェ?!
黙ってきいてれば、いい気になってぇ〜!」
「ほ〜、ほ〜。
さっきからキーキー、お猿みたいにわめいてるの、誰かしら?」
崖の上と崖の下、怒鳴り合う罵声が、みっともない木霊を作って、辺りに轟く。
取り残されのハンス(仮名)は、傍にいるとひどく恥ずかしい…。
「あの、ちょっと、二人とも……」
「アンタは黙ってなさいッ!」「あんたは黙ってなさいッ!」
両人に怒鳴られ、ハンス(仮名)はシュンと小さくなった。
「……はい」
「女の胸は、感度よ!
感度がよければいいのよ!」
「みなさん、そうおっしゃるわね。
ことに、胸の薄いネンネさんは」
「ムッキーッ!! この淫乱女ッ!」
「マセガキッ!」
「デカ尻ッ!」
「毛むくじゃらッ!」
「乳オバケっ!」
「乳首妖怪っ!!」
ヒステリーを起こし、罵りあう両人。
お陰で低レベルな罵詈雑言は、辺り一帯の梢を揺らし、怯えた小鳥さんたちがこぞって逃げ出す始末。
なすすべなくハンス(仮名)は、お茶をズズッとすすって待った…。
「ぜいぜい…」
「はあはあ…」
小一時間ほどすると、両人は荒い息で睨み合うばかりとなり…。
「もう、怒ったッ! ハンス(仮名)ッ!
ヤっちゃいなさいッ!」
「ほへっ?」
「のぞむところよッ!」
「え、いや、でも……いいの?
ボク、ピアスの正銘、知ってるんだよ?」
ピアスの目が点になった。
「……うそ」
「紅玉でしょ?」
「どこで聞いたのよ…。
わかった、りりんでしょッ!」
「違う、違うよ、りりんじゃないよ!
ほんと、ウソじゃないよッ!」
「……そう、よかった。
りりんじゃないのね?」
「うん」
「じゃ、盗み聞きしたんだ」
「うん。
……て、違う、違うッ!」
「卑怯者ッ!
盗み聞きなんて、男のすることじゃないわよ!」
「ぐ、偶然なんだよ」
「うるさいわねッ!
言い訳なんて、男らしくないわよッ!」
先程までの自信満々はどこへやら。
ピアスは、チッとばかりに爪を噛んだ。
「とにかく。
これで勝負は互角ね。
待ってるわよ、ハンス(仮名)ッ!」
そういってピアスは身を翻した。
「ま、待って!
献立を教えてよッ!!」
「……“うつぼ=かずら”のムニエル」
「食べにいくからね〜♪」
言い残して消えるピアスを、ハンス(仮名)はハンカチを振って見送った。
「莫迦ね。
なんでバラしちゃうのよ」
ニーヤは呆れた吐息をついた。
「だって……。
フェアじゃないよ、そんなの」
「ほんっとに莫迦。
男と女に、フェアも謝恩セールもないのよ?」
ニーヤは、ヤレヤレ…と吐息をついた。
「ま、勢いでいっちゃった手前なんだけど。
ピアスのトコへ、行っちゃダメよ」
「なんで?
ニーヤも食べたことないでしょ? ムニエル…」
「おいしいらしいわね…。
て、そうじゃなくて。
姫さまとの約束、忘れたの?
“姫さまだけを愛します”っていったの誰よ?!」
「紋章集めろっていったのも、姫さまだよ」
ニーヤが、ぐっとニラむ。
「わかってるよ。
ムニエル食べて、なにもせずに帰ればいいんでしょ?」
「……信じてあげるわ」
「え? なんていったの?
小声で聞こえなかった」
ハンス(仮名)は耳に手をあてた。
「食い意地はったスケベッ! て、いったのよッ!」
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