ピアスの挑戦状
■ここは湖に張り出す、人里離れた漁師小屋。
「ごっはんッ♪ ごっはんッ♪」
ナイフとフォークを鳴らして、けたたましく催促をする、ハンス(仮名)と飛び猫。
「うるさいわねぇ。
もうちょっとでできるわよ!」
鍋をまぜまぜ、ピアスがため息をつく。
「もう…。
なんであたしが、敵のコイツらに夕飯作ってやんなきゃなんないワケ…?」
それは遡ること、数日前…。
ハンス(仮名)たちが、偶然、この漁師小屋を見つけたのである。
聞けば、道に迷って数日、なにも食べていないらしい。
頃はちょうど、お昼時。
かぐわしい匂いにツラれ、ピアスのアジトへ辿り着いた、というコトらしい。
実際には偶然でもなんでもない。
湖に住むピアスが、“湖の人魚”だったのは当然。
“湖の人魚”のウワサを耳し、ハンス(仮名)が湖へやってくるのは必然。
道に迷ったのは、ただの粗忽。
ただそれだけのことである。
まぁ、水浴び中のピアスと、その奔放すぎる胸に紋章を見つけたのは、単なる役得…いや、偶然ではあるかもしれない。
まったく。貧富の格差はどこにあるのか、わからないものである。
それはともかく。
腹ぺこハンス(仮名)と飛び猫は、強引に上がり込み、飯まで勝手に喰らいだす始末。
呆れ返るピアスではあったが…。
「ピアスって、見かけによらず、料理がうまいんだね!」
な〜んて、口の周りに食べカスをつけて、無邪気な笑顔で褒められると、乙女心はなんとも面はゆい…。
「み、“見かけに”は余計よ…。
食べすぎても、胃薬あげないからね?!」
な〜んて、ついついおかわりを注いで、胃薬まであげてしまったのである。
思えばそれがマズかったのであろう…。
以来、ハンス(仮名)たちは、放し飼いの犬のごとく、メシ時に決まって現れるようになり。
いつのまにかピアスは、二人と一匹分のご飯と胃薬を作るようになっていた…のである。
誰も訪ねることのない、山の中。
人魚解放同盟と息巻くも、その実メンバーはピアスだけ。
話し相手欲しさから、そうなるのも無理からぬことではある…。
「ごっはんッ♪ ごっはんッ♪」
「あ〜ッ! もう、あったまにきた!」
ピアスは怒りを爆発させると、テーブルのハンス(仮名)たちに振り向いた。
「ハンス(仮名)! アンタ、自分の立場がわかってるの?!
あたしはアンタの紋章を、アンタはあたしの紋章を狙ってる、いわば敵同士なのよッ?!」
「そうなの?」
「ごはん食べにきてるだけよね、あたしたち」
顔を見合わせる、ハンス(仮名)と飛び猫。
「だ・か・らッ!
そうじゃないでしょッ!」
「ていうか。
ピアス、紋章持ってたんだね!」
人、コレを墓穴という。
ハンス(仮名)は奔放すぎるおっぱいばかりに気を取られ、紋章はまったく印象に残っていなかったらしい。
「む、ぐ、ぐぐぐ……」
ピアスは自分に怒ったものか、能天気な極楽トンボに怒ったものか、怒りを籠もらせ真っ赤になった。
「ハンス(仮名)!!」
びしッ! と、エプロン姿のピアスは、おたまの先をハンス(仮名)に向けた。
「あんたに挑戦するわッ!」
「挑戦って?」
「あんたから、紋章を奪い取るっていってるの!」
「そんなことできるの?」
隣の飛び猫に聞いてみる。
「できるんじゃない。
人間には正銘なんてないから、わりと簡単ね」
「勝負よ、ハンス(仮名)ッ!!
……もっとも。
あたしの正銘を知らないんだから、あんたには分の悪い勝負だけどね」
くすくす、ピアスはいじわるく笑う。
もうすでに、勝った気でいるようである。
対して飛び猫の返事は、実にアッサリしたものだった。
「ムリよ」
「なにがムリなのよッ!」
張り上げた声に、その豊かすぎる胸がプルンと揺れた。
「ハンス(仮名)、いってあげなさい。
あなたの姓名」
「でも」
「大丈夫。
どーせ、憶えられないわよ。
頭の栄養、ぜ〜んぶ、乳にまわってるんだから」
「キーッ!! むかつくこの野良猫ッ!
自分には満足な胸もないくせにッ!」
「あるわよ、ここんとこにッ!!
6つもッ!!」
小さな突起しかない胸を、自慢気に指さす。
「わかった、わかったからッ!」
泥沼になりそうな雲行きを感じると、ハンス(仮名)はやけくそ気味に分け入った。
名前なんてどうでもいいから、早くごはんが食べたかったのである。
「いい? 一度しかいわないよ?」
「あんたの腐った名前なんか、一度で十分よ」
それを聞いて、ハンス(仮名)はスゥっと深呼吸…。
「ハンス・ド・ロドリゲス・サルドバール・ラ・ゲルマン・フール・ラピス・アンク・アル・ウシャニパド・ラ……」
延々とつづく国名、称号、属称、家名……。
聞くほどに、頭の垂れる、名前かな。
最初は頷きながら聞いていたピアスも、だんだん、うんざりしてくる…。
「……(仮名)が、ボクの名前。
憶えた?」
「あ、当たり前じゃない……。
え〜と、ハンス・ド・ロ、ロ……」
「ほうら、見なさい!」
勝ち誇って、飛び猫が胸をはる。
それを横目に、しどろもどろにピアスは呟き続ける。
「…ねぇ、ピアス」
「黙っててよ!
忘れちゃうじゃないッ!!」
「…コゲくさいんだけど……」
ハッと思いだすと、ピアスは鍋をかきまぜはじめた。
ブツブツ、呟き覚えようとしている後ろ姿が、なんとなく哀れである。
「ザマァみなさい、乳オバケ!」
飛び猫・ニーヤはピアスにアッカンベー。
「ニーヤはいえるの?」
ハンス(仮名)が聞くと、ニーヤは当然とばかりに鼻を上に向けた。
「当たり前じゃない。
不本意とはいえ、パートナーなのよ、あたし。
いい?」
ニーヤは、すぅっと深呼吸…。
「アンタの名前は、ハンス――
……以下略よ」
ずる。
「オーホッホッホッホ!
あなた、パートナーのクセして、相手の名前も覚えてないの?
やっぱり貧乳は、オツムも貧しいのね」
「なんですってぇ?!」
「…コゲてる、コゲてる」
ハッとピアスは鍋に戻る。
「でも。ピアスのいうことも、もっともだよ」
「な〜によ!
アンタもあたしが貧乳だっていうのッ?!」
飛び猫はホレホレと、胸の6つの突起を見せつける。
「それももっとも…じゃなくて、ボクの名前。
ちゃんと覚えられない?」
「なんであたしが、そんな面倒くさいもん、覚えなきゃなんないのよ。
あたしは別に、アンタの紋章なんか欲しくないし、アンタと寝る気もないわよ」
「いや、まあ、そうだけど…」
そうではあるが…、な〜んとなく、もの寂しいのである。
「ほら、必要なときがあるかもしれないでしょ?
助けを呼ぶときとかさ。
ハンス(仮名)だけじゃ、別のハンスがきちゃうかも知れないでしょ?」
「なによ、それ。
あんたは、“ただのハンス(仮名)”!
それで十分ッ! わかった?!」
ニーヤはキッパリいうと、ピアスに顔を向けた。
「ごはん、まだなの? デカ乳女ッ!」
ピアスがドンっと、テーブルに鍋を置いた。
にっこり笑った額には、しっかり青筋が立っている。
「できましたわよ。
ミルクたぁ〜っぷりのクリームシチュー。
これで貧乳治してね、洗濯板ッ!」
「なんですってぇ〜ッ!
この乳垂れホルスタインッ!」
「ムッキーッ!
ひがまないでよ、ヒステリー猫ッ!」
「いっただっき、ま〜すッ!!」
喧噪な小屋の外で、フクロウが一声鳴いた。
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