ギルドの館
■その晩、ハンス(仮名)はギルドの館に忍びこんでいた。
「こんなに簡単に入れるなんて。
ボクってついてるなぁ〜」
こういった館に、決まってあるのが抜け穴である。
本来なら中からコッソリ逃げ出すのに使われるのだが。
それを逆に辿って忍び込んだ、というワケである。
問題は抜け穴がドコにあるのか、であるが、これもさして苦労はなかった。
惚けていても元・王子。城暮らしは伊達ではない。
勝手知ったるなんとやらで、アタリをつけたらさぁビンゴ、というワケなのである。
しかし…なんだか、話しがウマすぎやしないだろうか?
「で。お姫さんはどっちかな…」
古今東西、捕らわれのお姫さまといえば、住み心地のわるい北の塔と決まっている。
しかしあの待遇からすると、そうは思えない。
むしろ逆の南の塔…。ふたつあるうちのどちらか…。
スンスンと、ハンス(仮名)は鼻を鳴らした。
「こっちだね…」
かすかに残るは、白粉の香り…。
少々、安っぽいところからすると、おそらくはメイドが残した物だろう。
残り香となるほどメイドが行き交う…とすれば、その先にいるはギルドの首領か人魚姫だ。
ハンス(仮名)のクセに、なかなか鋭いトコに目をつける。
「女の子のいい匂いがする。
きっと風呂上がりのメイドさんが見られるよ!」
前言撤回。単におちんぽが反応しただけのようである…。
■しかし、それも天性の運というものか。
出会うべきものに、ハンス(仮名)は出会った。
「猫…?」
廊下に猫がいた。
モップの穂先のような、モコモコの白い猫である。
(背中に翼がある…)
いくら剣と魔法の時代といっても、“翼のある猫”など不可思議な生き物。
「キミ、姫さまのお膝にのってた子だね」
ハンス(仮名)はゆっくりしゃがむと、野良猫を呼び寄せるように手招きした。
猫は興味を惹かれたのか、たったった〜と走ってきて…。
「なにやっとるか! この役立たずっ!!」
顔面に30ミリキックを浴びせた。
「しゃ、しゃべった?!」
蹴られた鼻を抑えて、ハンス(仮名)はびっくり仰天。
翼があるばかりか、話しをする猫など、いくら剣と魔法の…以下略。
「姫さまがさらわれそうなのよ?!
さっさと助けに行きなさいよっ!!」
どうやら翼のある猫は、ハンス(仮名)を見回りの衛兵と間違えているらしい。
「そりゃ、タイヘンだっ!」
ハンス(仮名)は猛然とダッシュ…の姿勢で、くるりとその場で180度。
「えーと…姫さまのお部屋ってドコ?」
「この先に決まってんでしょっ!
薄らグズっ!!」
翼のある猫は、再び30ミリキックを浴びせた。
「あたしは応援呼んでくるから!
それまでアンタだけでなんとかしなさいっ!」
いうか早いか、翼のある猫は、文字どおり暗い廊下を飛び去っていった。
「もう…せっかちだなぁ〜」
ハンス(仮名)は蹴られた鼻をスリスリ。
しかしお陰で目的とする場所がわかった。
「急いで姫さまのトコにいかなくちゃ」
ハンス(仮名)は足音を忍ばせ、廊下の先へと急いだ。
■廊下に人影がひとつ…いや、ふたつ。
ひとつは気絶しているのか、力の抜けた影。
もうひとつは、それを運ぼうと手間取っている影。
「あん、もうっ!
姫さま、ダイエットしてよっ!」
どうやら抱き抱えに失敗して立ち往生してるらしい。
おそらく、もうひとつの人影は人魚姫だろう。
ハンス(仮名)は人影に近づいて声をかけた。
「足、持ったげるよ」
「あ、ありがと」
声からすると女のようだ。
足があるから、人間の女。
女は人魚姫の脇から手を回し、ハンス(仮名)は足ヒレを持ち、二人で意識のない人魚姫を運びはじめた。
「姫さま、寝てるのかな…?」
人魚姫は競売会場で見たときと同様、目を瞑ったまま、ピクリともしない。
「“封印の眠り”よ。
これに入ったら、しばらく起きることはないわ」
「ふーん…」
月明かりに、人魚姫のふっくらした頬が浮かび上がると、ハンス(仮名)は吸い寄せられるような気分になった。
「キスしたら、起きたりしない?」
「しないわよ。
アンタが王子さまなら、別かもしれないけどネ」
「ふーん…。
“元”王子じゃ、ダメ…?」
「“元”ねぇ…。
モトって肩書は、“役立たず”よね〜」
「そうなの?」
「そうよ。
役に立つならリストラされず、“元”なんてつかないでしょ?」
“元”王子のハンス(仮名)には、いい得て妙である。
「ふーん…。あのね…」
「?」
「忍び込むなら、お化粧はしない方がいいよ?
白粉の匂いで、居場所がわかっちゃうから」
「たしかにそうね…」
女は頷くともなしに呟くと、溜め息をひとつついた。
「姉さんから貰ったのは安っぽすぎたわ。
いくらメイドに化けるからって、ここの娘たちのと比べると天花粉…。
…て、アンタ、ダレよ?」
ここにきて女はようやく、ハンス(仮名)を不信に思ったらしい。
「ボク? ボクは“元”王子の――」
「いつまで、ツマらんコントをやっとるかっ!!」
先程の翼のある猫が、ハンス(仮名)の頭にどげんっ!と激しいツッコミを入れた。
「ニーヤっ!」
突如乱入した猫に、女は驚きの声をあげた。
「ピアス、またアンタだったのね?!
よくもまぁ、性懲りもなく…」
翼のある猫が女を睨む中、廊下に物々しい足音が響く。
「チッ!」
女は舌打ちして腰に手をあてた。
しかしそこには、あるハズの短剣がなかった。
いつのまに外されたのか、それは鞘ごと、ハンス(仮名)の腰にあった。
人魚姫を人質に逃亡しようと思ったのだが、唯一の武器を取られては脅しようもない。
「覚えてなさいよっ!」
突っ伏したハンス(仮名)に定番の台詞をいうと、女は身を翻して逃げ去った。
「いたいなぁ、もう…」
起きあがったハンス(仮名)は、ツッコまれた後頭部をスリスリ。
その後ろで、不穏な男の声が響く。
「侵入者はコイツか!!」
ガツンっ!
ハンス(仮名)の目に星が散って、真っ暗闇となった…。
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