再会
■「おい、起きろッ!」
再びの激痛で、ハンス(仮名)は起こされた。
ひんやりの空気、冷たい石の床、思わず息を止める臭い匂い…。
どうやら、ココは地下牢らしい。
「むにゃ。おかわり……」
…なにをいってるんだか。
まぁ、ハンス(仮名)にとっては、気絶したままの方が天国にちがいない。
これから行われるのは、厳しい取り調べと拷問なのだから。
「…それでどこの手の者か? ふむ」
扉の軋む音と共に、なにやら偉そうな男の声がした。
キビキビした足音と的確な指示。
そこからすると、かなり有能な男のようである。
察するところ、ギルドのお偉いさんであろう。
木戸が開いて、そのお偉いさんが入ってきた。
背が低く、小太りといえなくもない男だった。
暗い照明の中、お偉いさんはハンス(仮名)を眇め見る。
そしてギョッとすると、慌ててマントで顔を隠した。
「ティーゲル!」
ハンス(仮名)が驚きの声をあげた。
驚くのも無理はない。
ギルドのお偉いさんとおぼしきその男。
ハンス(仮名)が王の孫と呼ばれていたころ、いろいろ世話を妬いてくれた軍団長と、瓜二つだったのである。
いや、そのころから年輪を経た姿からすると、本人に間違いはないであろう。
しかも祖父と共に、戦死したと伝えられていた男なのだから。
慌てて顔を隠したお偉いさんは、まるでイタズラ小僧が隠れたカーテンからするように、ゆっくりマントから顔を覗かせた。
「…ハンス…(仮名)…さま…」
■一転して、なにやら厳粛で豪奢な部屋に通された。
窓はなく、円卓ひとつ。
そこは王家の者が、会議や質疑をする部屋に似ていた。
ハンス(仮名)には懐かしくも思える部屋には、ひとりの初老が待っていた。
白髪に白い髭。不測に備える、黒い眼帯。
その猛将とも見える、厳めしい偏屈な顔つき…。
足があるなら、ハンス(仮名)の祖父に間違いない。
「爺ちゃん、生きていたんだねぇ〜」
戦死したと聞いていた祖父。
それが生きていて、こんなところでめぐり合えるとは…。
基督様も涙を流す、感動の対面である。
諸手を拡げて駆け寄る、ハンス(仮名)。
そんなハンス(仮名)に爺さんも応え…。
「この莫迦モンがっ!!」
ゴツンと、いきなりゲンコツを喰らわせた。
「あぐぅっ!」
「とうとう、ココまで嗅ぎつけてきおったかっ!」
「いきなりイタイなぁ…もう…」
「大方おまえのことじゃから、かわいいメイドでも買いに来たんじゃろ?
人魚のひとりでももらいにきたのじゃろう?!
そうじゃろ?! ちがうか!!」
「思わないよ、そんなこと…」
ハンス(仮名)は殴られた後頭部をスリスリ。
「でも、くれるんなら貰っておくよ」
「やらんっ!」
「どうせいっぱいいるんでしょ? ね? ね?」
ハンス(仮名)は爺さんの袖をひっぱりひっぱり、綿あめをねだる孫のごとく。
「あのね、ボク、かわいいメイドさんがいいなぁ〜。
競売で残ってた娘。
ホラ、メガネが似合いそうで、薄幸な感じの〜」
今度は指を顎に、クネクネ、気色のわるいオネダリポーズ。
「あやつはあのあと、すぐに売れたわい」
「じゃ、別の娘でもいいや。
かわいいお孫さんのお願いだよ〜?
一人ぐらい、いいじゃん〜」
「おまえのようなスケコマシに、やる人魚はおらんっ!!」
「ちぇっ! ケチ…」
「ケチではないわっ!」
爺さんは人指し指を、ハンス(仮名)の額にグリグリ押しつけた。
「おまえのウワサは、遠く離れたこの街にまで聞こえてきておるぞ!」
「へぇ〜。いいウワサ?」
「200人の妻と100人の妾、300人からの子供!
あげくに国の財政食い潰して、ほっぽり出された前代未聞の色ボケ放蕩王子となっ!」
「あはは。さすがにウワサだね」
ハンス(仮名)はわるびれもせずにニコニコ。
「元々、財政はわるかったから、隣国に併合してもらっただけだよ。
それにほっぽり出されたんじゃなくて、隣国の公務員試験を受けなかっただけだし。
あと、正確には231人の妃と108人の寵姫、304人の子供だね。
あ。この前の春に三人ほど産まれてるハズだから、307人の子供だったかな…?」
「なおわるいわっ!!」
ゴツンっ!
「あぐぅっ…」
「併合してもらっただけ〜?
先祖伝来の地を売り渡して、いうことはそれだけか!!」
「中継ぎがよくて、予想の三倍で売れたよ〜。
国のみんなも喜んでた〜」
「財政わるいのに、嫁に妾〜?
それも200人! 合わせて300人?!」
「手をだしちゃダメだよ?
爺ちゃんはお姑さんなんだからね」
「あげくに、このワシに307人の曾孫がおるじゃと?!」
「みんな、爺ちゃんの曾孫さんだよ?
順番にだっこして、かわいがってあげてね?!」
「心臓マヒでワシを殺す気か?!」
ガゴツンッ!!!
「あぐぅっ…」
爺さんは真っ赤な顔で、ゼイゼイ、ハァハァ。
壁の紐を引くと、ティーゲルが水の入ったコップを持って現れた。
どうやら紐は外に通じているようで、紐によって待機している者が、指示を実行するらしい。
ティーゲルはコップを円卓に置くと、うやうやしく退出した。
「イタイなぁ…もう…。
そーゆー、爺ちゃんこそ、なにしてたのさ」
「ワシは見てのとおり、ギルドの長じゃ」
爺さんはカラになったコップを、トンと卓に置いた。
「おまえも知ってのとおり、人魚は莫大な金になるからの。
ココで身を潜め、故国再興の資金を集めておったのじゃ」
なるほど。
道理ですんなり、館へ潜入できたワケである。
おそらく抜け穴は、この爺さんが作らせたものであろう。
そういったものは、制作者のクセが滲み出るもの。
孫のハンス(仮名)にとっては、正に勝手知ったる自分の家だったのである。
もちろん、先客がいたお陰もあるだろうが。
しかし…。
「ホントかなぁ…」
「ホントもなにも、おまえが食い潰した国じゃろうが〜」
グリグリ、今度は梅干し攻撃。
「イタイ、イタイ〜!
わるかったよぉ〜、許して、許して〜」
「いんや、許さんっ!
たった一人の祖父に、疑いの目を向ける愚か者はこうじゃ!
こうじゃ!!」
「ヒィ〜〜! やめて、やめてぇ〜」
こめかみの激痛に、ハンス(仮名)は涙が滲み出た。
地下牢から抜け出せたというのに…。
これでは地下牢の拷問となんら変わりがない。
延々、爺さんはハンス(仮名)を痛めつけると、真っ赤な顔で、ゼイゼイ、ハァハァ。
紐を引くと、ティーゲルが水の入ったジョッキを持って現れた。
それをグビグビっと一気に飲み干し、爺さんはほぅっと息をついた。
「時に、ドンスはどうしてる?」
ドンスとは、ハンス(仮名)の父親。
爺さんの息子、元・国王である。
「地方荘園の雇われ領主…」
ハンス(仮名)はズキズキするこめかみを摩りながら、どの紐なら軟膏を持ってきてくれるだろうかと思った。
「国王の身分はなくなったけど、お陰で身が軽くなったって感じ。
母さまとのんびり余生を過ごすって」
「そうか…。
あやつは子供の頃から、土いじりの好きな、気のいい農夫のようなヤツじゃった…」
いつもニコニコ。
人が良すぎて、ダマされることも多かった。
「国を動かす器ではなかったの。
地方領主か…。あながち向いておるのかもしれん…」
「うん。治水工事に土壌改良。
苦労はしたけど、どれもうまくいって豊作だって。
農夫たちにも慕われてるみたいだよ」
「そうか、そうか…」
厳めしい偏屈といえども、さすがに人の親。
爺さんは我が事のように目を細めた。
「あ〜。時にハンス(仮名)よ?」
気色わるい猫撫で声に、ハンス(仮名)は背筋がゾワゾワした。
「な、なに?」
「故国再興のために、力を貸さんか? うん?
おまえもまた、王子の身分に戻りたいじゃろ? うん?」
先程と打って変わっての馴れ馴れしさ。
ハンス(仮名)に肩まで組んできた。
「故国再興って…。
なにすんの…?」
「知れたこと。人魚狩りの“狩人”よ。
人魚を狩り集めて、故国再興資金を貯めるんじゃ」
なるほど。
故国再興というからには、莫大な資金が必要になる。
しかし競売会場の様子からすれば、それも夢ではなかろう。
加えて、ギルドなら諸侯とのコネも作れる。
「それはいいけど…。
ボクになんのメリットがあるの?」
爺さんは目をパチクリ。
「王子に戻れるぞ?」
「ボク、けっこう、いまの暮らしが気に入ってるんだ。
お金に困って、お腹も空くけど…。
気楽にブラついて、いろんなものを見られるからね!」
爺さんは大きな呆れ声をあげた。
「な〜んじゃ、若いのに欲のない…」
さっきまで200人の妻で痛めつけてたのは、ドコのダレであろうか…。
「それなら…うーむ…そうじゃなぁ…うーむ…。
…ヨシ!」
爺さんはひとしきり逡巡すると、パシンと膝を打った。
「人魚姫との婚約ではどうじゃ?」
これにはハンス(仮名)も、目をパチクリ。
「婚約って…結婚?! 人魚姫と?!」
「他になにがあるというんじゃ?」
今度は爺さんが目をパチクリ。
「おまえも知ってのとおり、結婚はええぞ〜。
毎日、毎日、朝、昼、晩と、えっちし放題!
あ〜んなことも、こ〜んなムリなことも、甘〜い囁きでアハン、うふんっ!」
爺さんは気色のわるく、クネクネ身悶える。
しかし、ハンス(仮名)は気にならないらしい。
「アハァ〜…いいねぇ…。
裸エプロンもいいねぇ…メイドさんもいいねぇ…。
体操着も、スク水もいいよぉ〜。
みんな、みんなかわいいよぉ〜」
早くもハンス(仮名)の桃色脳内では、裸エプロンの人魚姫や、メイドさんの人魚姫が、お色気ムンムン、あられもないポーズで誘っていた。
「人魚姫のお嫁さんじゃぞ〜。
クゥ〜! この三国一のシアワセ者めぇ〜!
馬に蹴られて、豆腐屋の角にタマタマぶつけろ〜」
「イヤぁ〜、そんなぁ〜、デへへぇ〜〜」
孫と祖父は肩を抱き合い、ふたりでクネクネ…。
まったく目にしたくない光景である。
「どうじゃ?」
「うん。やるぅ〜♪」
ハンス(仮名)の周りはなにやらピンク色の世界で、シャボン玉のようなものまで漂っていた。
「ヨシ! 話しは決まりじゃな♪」
爺さんが紐を引くと、衛兵たちがズカズカ入ってきた。
「ちょっ、な、なに?」
衛兵たちは問答無用でハンス(仮名)の腕と脚を取り、なにやら奇妙な器具を下半身に…。
ガチャンッ!!
「なにコレ…?」
「貞操帯じゃ」
「ていそうたい〜?!」
貞操帯とは、えっちできないよう、股間につけるもののことである。
通常は女性がするものであるが、強姦魔などの罪人につけられることもあるらしい。
「おまえは触っただけで、処女まで妊娠させるらしいからの!
捕まえた端からキズモノにされてはかなわん」
基督狂徒が聞いたら、顔を真っ赤にしそうないわれようである。
「ヒドイよぉ〜! とってよぉ〜!!」
外そうと試みても、鍵がついてて外せない。
「だまらっしゃい!
ココで300人も曾孫を作られてはたまったモンではないわっ!!」
「残してきた子を合わせると、607人か…。
ハンス村(仮名)が作れるね♪」
「うつけ。
そうさせないための、コレじゃろが」
貞操帯を指差されて、ハンス(仮名)はこの世の終わりみたいな顔になった。
それを見て、爺さんはニンマリ。
「外して貰いたかったら、早いトコ、再興資金を貯めるんじゃな〜」
貞操帯の鍵をチラつかせて見せた。
「あぅ…。トイレはどうするのさぁ…」
「なんとか考えろ。
そのくらいのスキマはあるじゃろ」
“あるじゃろ”とは、また無責任な言い草である…。
「お風呂は〜?
これじゃ洗えないよ、不衛生だよ〜。
大事なムスコさんが腐って落ちちゃうよぅ〜」
「それなら、りりんに洗ってもらえ」
「りりん?」
「娼館におる。
おまえの一切の面倒は、りりんに任せることにした。
なにかあったら、りりんに相談せい」
娼館の“りりん”…。
察するところ、娼館の経営者であろう。
大抵、業突張りのヤリ手ババァと相場が決まっているのだが。
(お色気ムンムン、おっぱいの大っきなお姉さんだと、いいなぁ…)
などと、ハンス(仮名)はシアワセ回路を全開させていた。
まったく、前向きなオトコの子である。
「ちょっと待って」
ひとまず話の決まったそこに、翼のある猫がひょっこり現れた。
「姫さまの意向はまったく無視?
それってヒドすぎない?」
どこに隠れていたのか。
いや、始めからココにいたというような、堂々とした態度である。
爺さんは猫の不躾を怒りもせず、顎に手を添えた。
「ふむ。それもそうじゃな」
「それもそうじゃなって…、爺ちゃ〜ん」
「ハンス(仮名)。
人魚の売買契約はな、人魚自身の承諾がなければ、成立せんのじゃ」
肩を叩かれたハンス(仮名)は、目をパチクリ。
そんなのは初耳である。
「まぁ、そういうことじゃから。
おまえ、婚約の話を姫さまに取りつけてこい」
「え〜! それって、話がちがうじゃない〜!!」
「やかましい。
そいうことは、おまえの得意分野じゃろ。
ワシは忙しいんじゃ、ホレ、さっさと去ね。シッシッ!」
つまり婚約話はナシ。
貞操帯を外したければ、人魚を捕まえて、金を稼げ。
それだけの話になってしまったのである。
つまりは、貞操帯をつけれ損。
「底意地わるいのは変わらないなぁ…もう…」
どうやら、うまくハメられたらしい…。
ハンス(仮名)は大きな溜め息をついた。
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