自由と人魚の街
■男が一人、ふらふらと旅路を歩いていた。
「……お腹へったなぁ。
この間、ご飯を食べたのは、いつだったっけ……」
この男はハンス(仮名)、本編の主人公である。
男というには、幾分か年端が足らない少年なのだが…。
実は300人からの子供がいる、リッパなオトコの子なのである。
元はさる王国の跡取り王子だったのだが、驕る平家も久しからず。
今はあてない、流浪の身。
当面の目的地である街が見えてくると、財布を見るまでもなく、哀しくハンス(仮名)は呟く。
「ああ…、こんなお金じゃ、女の子とえっちもできないね……」
これである。
メシより、まずオンナ。
この性分が元で、王国の財政は傾き、結果、あてのない流浪人となったというのに……懲りないオトコの子である。
■街はとても賑わっていた。
年に何回かの、大規模な競売が行われているらしい。
この街の特産物は「人魚」。
その美麗な容姿は目を楽しませ、澄んだ歌声は耳を和ませる。
そして教養と見聞は知的な興味を満たし、妖しげな魔法は人を助けることも、陥れることもあるという…。
ある者は寵姫、多くはメイド、またはお抱えの魔術師、果ては子供の教育係。
まさに「生ける宝石」と富裕層に珍重され、コレクションする者も多い。
人魚はさまざまな目的で取引され、中産階級から富裕層までの投資対象とされていた。
街はその「人魚の売買」で莫大な収益をあげ、ギルドの管理運営の下、とても栄えていたのである。
もちろん、ハンス(仮名)の興味もその人魚にあった。
とはいえ、高額で取引される人魚を買えるハズもない。
半分以上は、物見遊山といったところか。
「あの娘、かわいいなぁ…。
こっちの娘はボインボイン…ウフっ!」
ハンス(仮名)の故国は、ココより遥か北の地。
海などない、山に囲まれた小さな国だった。
そこでは人魚は、風に聞く見聞でしかない。
ウワサに聞く「生ける宝石」に目移りしながら、すきっ腹はどこかに置き忘れ。
おちんぽの向くまま、フラリフラリ…。
着いた先は、都市の中心・ギルドの館であった。
■そこは館とは名ばかりの、ちょっとした砦。
城壁に囲まれた街といい、活気に消されてはいるものの、なんとも物々しい…。
しかし、それにはそれなりのワケがあった。
莫大な富を産み出すとなれば、周辺諸国が黙ってはいない。
自治を守るためには、それなりの軍事力が必要、というワケだ。
しかしいくら栄えているとはいえ、小国に毛が生えたような軍事力。
何人、豪傑・強者が揃っていても、一国の手にかかれば造作もない。
もちろん、周辺諸国もそこはわかっている。
とはいえ、この街の価値は経済力である。
力に任せた占領では、街は荒廃し、交易者の足も遠のく。唯一の貴重な価値もなくなってしまう…。
そこを知っての、城壁と強固な館。
「黙って占領はされないぞ」
という硬い決意と主張を表したものであった。
■館では競売が行われていた。
門前広場に舞台が設けられ、何千という人が詰めかけていた。
大半はハンス(仮名)と同じ、物見遊山であろう。
そういった客相手に、広場の縁には出店が立ち並び、空腹を呼び覚ます匂いを漂わせていた。
もちろんハンス(仮名)の鼻も、その肉汁の焦げる匂いに吸いよせられた。
しかしすぐに目とおちんぽが、「右向け、右」の号令をかけた。
そこは門の上のテラス。
ひとりの人魚が、白い猫を膝に椅子へ腰掛けていた。
両脇に衛兵が立ち、まるで石膏の女神像のように、ただ静かに目を閉じている。
競売にかけられる人魚たちとは、明らかに待遇がちがう。
遠目にもわかる、高価なドレスや装飾品で身を飾られ、頭のティアラは、さながら高貴なお姫さまといったところだ。
ハンス(仮名)はテラスから目を離さず、脇にいた男のシャツを、ツンツン、ツンツン…と引っ張っていた。
男はビールをしこたま飲んでいたのだろう。
シャックリをしながら、訝しげにハンス(仮名)へ振り向いた。
「な、なんだよ…ヒック」
「ねぇねぇ、あのお姫さんも、競売にかかってるの?」
まるで魂を抜かれたみたいなハンス(仮名)。
男は目を丸くしたものの、すぐに合点がいったように笑いだした。
「ありゃ、なんでも、人魚の国のお姫さまらしいぜ。
捕らえてはみたものの、あまりの高値に買い手がつかないんだとさ」
「へー。そんなに高いの?」
「そりゃ高いだろうなぁ〜。
人魚と一晩すごせば、不思議な力が使えるようになる。
処女の人魚姫とシた日にゃ、“その力つきることなく、その命果てることなし”って、もっぱらのウワサだ。
おまけにあの器量…イヒヒっ!
地獄の亡者だって生き返って、天国にいっちまえらぁな!」
ぽかんと、ハンス(仮名)は人魚姫を見た。
男の下品な嗤いも気にならない。
「それじゃ、とてつもなく高いんだろうね…」
ハンス(仮名)はこの世の終わりとでもいうように、深くため息をついた。
「アタの棒よぉっ!
ちょいと昔の話しだがな。
二つの国が一人の人魚を奪い合い、戦争が起きたんだ。
その戦争は近隣の国まで巻き込んで、三つ巴、四つ巴の大戦にまで発展した。
そんな話まであるくらいだからな」
……ちなみにその戦争の原因は、ハンス(仮名)の祖父である。
(ああ…、爺ちゃんが生きていたころはよかったな……。
底意地わるい爺ちゃんだったけど、メイドのクレアもいたし、メイドのアイーシャもいたし、メイドの…ああ…)
などと過去の悦楽にひたるハンス(仮名)を、気にとめる風もなく、男はビールをあおった。
「プハァー!
国が一個買えるなんてもんじゃ、すまないだろうさ」
もし仮に人魚姫が売れたとしたら、売ったものは巨万の富を得る。
そうなったら近隣はもとより、この国の王も黙ってはいない。
そうなる前に没収するなり、莫大な税をかけるのが賢明な
「よく諸国の王が介入してこないね」
さすがに元・王国の王子。
小狡いことには頭がよく回る。
「坊主、この街は初めてのようだな」
男は話し相手ができて、よほどうれしかったのだろう。
屋台から棒つきソーセージを二本買うと、一本をハンス(仮名)に差し出してくれた。
「自由と人魚の街へようこそっ!」
「あ、ありがとう」
「この街はどこの国にも属さず、ギルドが取り仕切る自由交易の街だ。
いわば、ギルドの主権国家。
どこの誰も、手出しはできんよ」
「ふーん…」
ハンス(仮名)は生返事をしながら、ソーセージにかぶりつき。
(あんまりいい肉じゃないね…でもおいしい…)
などと思った。
男はそれを半信半疑と勘違いしたらしい。
「さっきもいったろ? 大戦が起きたって。
そうならないようにする、そのためのギルドだからな」
察するところ、ギルドを創設したのは、諸国のお偉いさんか。
偏った富は戦争を生む。
“人魚から生み出される、莫大な利益を平等に分ける。
その代わり、決まりは守れ。
じゃないと、他の国々が黙ってはいないぞ”
そんな処だろう…。
「とはいっても、あの人魚姫は、金じゃ買えんだろうな」
「というと?」
どこからわくのか、ハンス(仮名)は希望に瞳をキラキラさせた。
「それだけ貴重だってことだよ。
あいつのお陰で人魚たちにも“睨み”を効かせられるんだ」
人魚たちにかかったら、海路を封鎖するのはわけがない。
この街は交易で栄えている街だ。
陸路があるにしろ、海路を塞がれては手痛い。
「莫大な金、それとなにか。
ギルドの取引材料にされるのさ。あの人魚は」
捕らわれの人魚姫。
(どんな取引材料がいいのかな…)
今日のメシにも困る男に、どんな取引材料があるのやら。
「坊主、ホレたな?」
「ギク」
「ガッハッハー! やめときなって!!
俺たちがいくら働いたって、届くような花じゃねぇんだ」
ハンス(仮名)は背中をバンバン叩かれ、あやうくソーセージを落としそうになってしまった。
「ハハ。だよねぇ〜。
やっぱりボクは、足とぬぷぬぷがついてる女の子がいいや」
「ついてるさ」
「? どこに?」
足がついてちゃ、人魚とはいえないだろうに。
「坊主、なにも知らねぇんだな。
人魚は満月の晩に、フツウの女になるんだぜ」
「足とぬぷぬぷがついた?」
「それもとびっきりのな!」
イヒヒっと、男はまた下品に笑った。
「満月の晩だけじゃないぞ。
月光石をつかえば、いつでもさ」
なるほど。そこココで見かける宝石商は、宝飾品を売りにきてるだけではないらしい。
人魚に次ぐ収益は、消耗品の月光石というわけか。
ギルドの連中は、うまいことを考えたものだ。
「へぇ〜」
感心ついでに、ハンス(仮名)のハラが返事をした。
棒つきソーセージのお陰で、本格的に空腹を呼び覚まされたらしい。
「話は変わるんだけど。
なにかお金になるような仕事、ないかな?」
「なにができるんだ、坊主?」
「読み書き、ソロバン、なんでもできるよ」
「ソロバン?」
「ソロのバンドじゃないよ?
東方式計算尺…はココにはないか…」
「ふむ。なんでもかぁ…ドレ」
値踏みするように見ると、男はハンス(仮名)の股間を掴んだ。
「キャッ!」
ハンス(仮名)は女の子みたいな悲鳴をあげると、男の手を逃れて股間を隠した。
「お、おじさん、もーほーさんだったの?」
「ガハハ。莫迦いうな。
“狩人”ができるか、調べてやったのさ」
「“狩人”?」
「人魚を捕まえてギルドに売る。
ここで一番儲かるのは、“人魚狩り”の狩人さ。
坊主みてぇなヒョロっ子じゃ、港の荷運びは無理だし、会計屋は年が足らねぇ。
おっ勃つトシなら、狩人もわるかぁない」
「“人魚狩りの狩人”か…」
それとおちんぽがどう結びつくのか、イマイチ理解できないけど。
「そうそう捕まえられねぇだろうが。
あのとおり、運が良ければいい金になるぜ」
アゴで競売を指して男がいった。
「おっといけねぇ!
あの人魚は目をつけてたんだ」
慌てて走る男にハンス(仮名)は礼をいった。
「おじさん、ソーセージごちそうさま〜」
“どんなときでも、お礼と恩は忘れないこと”
それが祖母の、唯一の思い出だった。
[ Prev: 序幕 ] - [ FrontPage ] - [ Next: ギルドの館 ]