入り江の瑠歌
■入り江に来たハンス(仮名)は、瑠歌と会っていた。
捜すまでもなく、入り江で名前を呼ぶと、白いイルカが浜辺の側までやってきた。
呼び名の通り、この白イルカが瑠歌であるらしい。
「…なんのひねりもないんだね。まんまじゃん」
拍子抜けのハンス(仮名)に、飛び猫・ニーヤが憮然と説明をする。
「瑠歌はれっきとした、人魚よ。
今は呪文で、白イルカに化けてるけど」
「なんで、化けてるの?」
「イベントよん」
白イルカの瑠歌は、子供のような甲高い声で答えた。
「人間の生活って、娯楽が少ないでしょ?
だから、娯楽を与えてあげてるのよん〜」
「タチの悪い趣味よ。
紋章持ってるのを教えて、正銘も教えて、からかってるのよ」
ブスッとニーヤが口を挟む。
どうもニーヤは、瑠歌が嫌いなようである。
「イルカ相手じゃ、なんにもできないでしょ?
どうしたらいいんだろって、悩んで騒いで、右往左往。
それをイジワルく、面白がってるのよ」
「それはアタシのための娯楽ね。
与えるだけじゃ、ツマんないんだもん〜」
瑠歌はけたたましく笑い、尾ビレで水面を叩いた。
お陰でハンス(仮名)は、水を被ってぐっしょりずぶ濡れ…。
と同時に、瑠歌の背ビレ辺りに紋章を見つけ、う〜む、と唸ってしまう。
紋章があるとなれば、いずれはえっちしなければならぬ運命。
しかし、イルカとえっちとは…。
(月光石で人になるなら、みんな苦労してないだろうし…う〜ん…)
やはり海に潜って…いやいや、その前に人として道を踏み外すのではあるまいか?
たしかにこれは難問である…。
「それで〜? アタシに何の用なのん〜?
まさか呼んだだけだなんて〜、タダじゃすまないわよ〜ん♪」
瑠歌が背ビレを使い、ハンス(仮名)とニーヤにザッパンと水を浴びせた。
「そ、そうだったね」
紋章はさておき。まずはもーほー茸の解毒。
それをしなければ、イルカとえっちどころか、もーほーさんに囲まれて狂い死にである。
「えーと…実は…」
ハンス(仮名)の話しを聞くと、瑠歌はすぐに口を開いた。
「それにはアレが必要だわん〜」
「アレって?」
「え〜と、アレよ、アレ! たしか……
“白衣の天使”ッ!」
「はくいのてんし…?」
ハンス(仮名)は目をパチクリ。
「くわしく説明してよ、瑠歌」
と飛び猫。
「アタシも古代語の文献でしか、読んだことないのよん。
『高貴なる白き衣
聖なる赤い布の冠
すべてのものに癒しをさずける』
それしか記述がないわん」
「それ、確かなの?」
疑わしげなニーヤの横で、ハンス(仮名)は腕を組んで唸る。
「う〜ん…“白衣の天使”ねぇ……」
「ギルドの宝物殿にあるハズなだわん〜。
それを持ってきてくれたら、治してあげるん〜」
「ホント?!」
ハンス(仮名)は飛びつかんばかりに、希望に顔を輝かした。
「そのかわり……」
「そのかわり…?」
「姫さまに会わせてん〜♪」
「……やっぱり…」
瑠歌の条件に、飛び猫は頭を抱えた。
「姫さまに会いたいの?」
ハンス(仮名)の問いに、瑠歌は首を大きく縦に振る。
「会わせてくれたら、治してあげるん〜♪
もう、ずぅ〜〜〜っと、会ってないんだわん。
会いたいんだわん〜。心配なンだわん〜。切ないンだわん〜」
イルカに化けてるとはいえ、瑠歌も人魚。
捕らわれの人魚姫を心配するのは、しごく当前のことである。
ハンス(仮名)にはそう思われた。
「べつにかまわないよ」
「ダメッ!」
ハンス(仮名)がいうと同時に、飛び猫・ニーヤは大きな声で打ち消した。
「じゃ、治してあげないッ! ぷいッ!!」
と、瑠歌はそっぽを向いた。
「飛び猫〜ッ!」
解毒ができるのは、瑠歌だけ。
機嫌を損ねては、もーほーさんに囲まれて狂い死にである。
ハンス(仮名)はニーヤに、すがりついて泣き始めた。
「わ、わかったわよッ!
会わせてあげるわよッ!」
ヤケクソにニーヤは、声を張り上げるしかなかった。
[ Prev: ビョーキのハンス(仮名) ] - [ FrontPage ] - [ Next: 白衣の天使…? ]