!!!はじめてのコスプレ // {{ref_image BG00c2_80.jpg,bgPic}} //--  家に帰ってからも、晩御飯のときも、ボクは自然と微笑がこぼれちゃってた。  お陰でお母さんもお父さんも、不思議そうに顔を見合わせてた。  うん。仕方ないよね。  だって、三人で仲直りできて、オマケに美代ちゃんからも告白されちゃった。  悩みごとはなくなって、仲良し三人組の楽しい学校になるんだもん。  ニヤけちゃうのは、仕方ないよね?  夕食の後。ボクは自分の部屋で机のイスに座った。そして、ポケットに入れたままの首輪を取り出した。  美代ちゃんにさやちゃん。  かわいい女の子ふたりから、ボクは好かれてるんだよね。  うふふ。ボクって案外モテるのかな?  明日からはニコニコの美代ちゃん。  ツンツン美代ちゃんとは、さようなら…。  ボクはジッと、手の平の首輪を見つめてた。 「さやちゃん…どうしてるだろ…」  うん。そうなんだ。  なんだか急に、ボクは不安を覚えたんだ。  トボトボと離れゆく、赤いランドセル…。  悩みごとは解決したのに、その背中はなんだか、あまりうれしくなさそうだった。 //  校門で見たさやちゃんは、とてもらしくなくて――。  いま思うと、ボクはさやちゃんが、あのままどこか遠くへ行ってしまうみたいに感じてたんだ。  うん。まるで、なにもいわずに転校しちゃうみたいな感じ……。 「まさか…ね」  そんなこと、あるワケないと思うけど…。  独りごちったせいか、おぼろげな不安が、胸をひどくざわつかせるんだ。  胸がモヤモヤと疼いて、いますぐさやちゃんに確認しないと、とても治まりそうにないくらい。  うん。でもボク、さやちゃんちの電話番号知らないんだよね…。  明日になれば、学校で会えるけど…。  もしホントだったら、手遅れだよ……。 「もう…なんでボクってこうなんだろ…」  ため息でちゃうよ…。  “付き合ってる”なんていうクセに、いまだボクは、さやちゃんの電話番号さえ知らないんだ。  クラスが別だから連絡表もないし。知ってるのは、お家のだいたいの場所くらい…。 (なら、これから会いに行ってみようか…?  行ったことないけど、なんとかなるかも)  うん! そうだよね!!  思い立ってみると、なんということはない、一番いいこと。  目覚まし時計を見ると、八時を少し回ったところだった。  一階にいるお母さんたちは、まだ起きてるみたい。  こんな夜中に外出しようとしたら、きっと怒られちゃうよね…。  玄関からコッソリ出られるかなぁ…。  それじゃ、窓…。そんなこと、はじめてだけど…。  うん。そうだね。  不安だけど、ちょっとワクワク。  なんかの映画みたい。ちょっとした冒険だね。 //  ボクは危なくないか、調べるためにカーテンを開き、さやちゃんと目が合った…。  ボクは危なくないか、カーテンを開き、そしてさやちゃんと目が合った…。 //-- 「さ、さやちゃん?!」 //  窓の正面の植木。  窓の正面の街路樹。 //--  その枝に、さやちゃんが腰掛けてたんだ。  うん、とってもびっくりしちゃったよ!  さやちゃんもきっとそう。  窓明りに浮かんだ顔が、びっくりした猫みたいに固まっちゃってた。 「そ、そんなトコで、なにしてるの?」 //びっくり {{ref_image 10-04saya0.jpg,evPic02}} //-- 「せ、せいたいかんさつ…かな?」 「せいたいかんさつ…?」 「そそ。性態観察。  今日はオナニーしないの?」 「し、しないよぅ…。  学校でイッパイ、シてもらったし…」  性態観察って、“ボクの”なんだね…もう…。ていうか、微妙に字がちがう気がするけど…。 「――って、毎日、覗きにきてたの?!」 「失礼ね。あたしはストーカーじゃないわよ?  今日だけ。タマタマ!  タマタマ通りがかって、気に…なったんじゃなくて、気に留めてあげたの!!」  ボクたちの話し声が聞こえたみたいで、一階からお母さんの声がした。 「どうかしたの? ハジメ?」 「な、なんでもないよ」  階下に向かってゴマかすと、さやちゃんはニッコリと微笑んでた。 「いまの、お母さん?」 「う、うん」 「ふーん…。いいね!」 「そ、そうでもないよ…」  窓際のボクと、街路樹に座るさやちゃん。  まるでピーターパンのワン・シーンみたいだね。  “気がかり”をどう切り出そうか考えながら、ボクはちょっと、夢を見てる気分だった。 「じゃ、用は済んだから」  さやちゃんはふいにそういうと、枝づたいに木から降りようとした。 「あ、あぶないよ!」 「どうってことないわよ。  アンタが乗り越えたフェンスほどもないじゃない!」 「あれは…無我夢中だったから…」  フツウだったらコワくてできないよ。  帰りは膝が震えてたの、さやちゃんも知ってるじゃない。  それにいまは夜だもん。真っ暗な中じゃ、足を簡単に踏み外しちゃう。 「と、とにかくあぶないよ。待ってて。  いま、下に行くから!」  そうさやちゃんにいうと、ボクは部屋を出て階段を降りた。 「ハジメ?」 「ちょっと自転車みるだけ!」  お母さんの声にそういうと、ボクは特に咎められることなく玄関から出られた。  なんだ。  窓から出るほどのことじゃ、なかったじゃない。  拍子抜けしながら門を出ると、さやちゃんはもう木から降りていた。 「ホラ。どうってことない!」  さやちゃんは腰に手を当てて、ニッコリいった。 「もう。待ってて、っていったのに…」 「なによ?  下からパンツ見たかったの? エッチ!」 「そ、そんなんじゃないよ」 「うふふ!」  ボクの頬をツッつき、さやちゃんがからかう。  ホンキで心配したのに…もう…。 「でも、残念ね。  履いてないから、見られないわよ?」 「え? パンツ履いてないの?!」 「ウ・ソ!  やっぱり見たかったンじゃない〜♪」 //  そうじゃなくて…履いてないって誰でも…そもそもスカートで木登りって…夜闇で見えないけど、あぶないよ…。  いろいろ言葉が頭の中で錯綜したけど、出てきたのはやっぱり、ため息だけだった。 //-- 「もう…家まで送るよ…」 「うん!」 // {{ref_image 10-04saya1.jpg,evPic02}} //--  ボクはカラカラと自転車を押して、さやちゃんと川沿いの道を歩いていた。  初夏のせいか、夜空にはモヤのような霞がかかり、街灯だけの道は真っ暗。空気はそよ風もなく、生暖かい。  過ごしやすくはあるけど、なんかオバケが出てきそうで、コワくなっちゃう…。  さやちゃんと一緒じゃなきゃ、全速力で駆け抜けているところだよ。  うん。聞きたいことは、まだ切り出せずにいた。  だってホントだったら、……オバケよりヤダもん…。 「自転車じゃなかったんだね」  さやちゃんはノースリープのシャツに、かわいい空色のスカート。  学校で別れた時とちがうから、お風呂に入ってきたのかな? 「いらないわよ。  それほどの距離じゃないもの」  さやちゃんちは、ボクんちと学校を挟んで正反対の場所なんだ。  学校からの距離も同じくらいだから、けっこう離れてると思うんだけどね。 「二人乗りできればいいんだけど…」  ボクの自転車はマウンテンバイク。  危ないから二人乗りはしないし、だから荷台も足をかけるところもない。 「今度、パーツを探してみるよ」 「そんなのいらないわよ」  ニッコリ微笑み、さやちゃんは立ち止まった。 「ね。ちょっと自転車に乗ってみて」 「うん」  不思議に思いながらも、ボクはいわれたとおりに自転車に跨がった。  するとさやちゃんは、背中を向けて前輪を跨ぎ、ハンドルを掴むと…。 「よっ…と!」  って、器用にハンドルの上に腰掛けた。  さやちゃんの体重がハンドルにかかって、ちゃんと支えてないと、自転車ごとコケそうになっちゃう。  でも両腕の間にさやちゃんがいて、ボクは“お姫様だっこ”したみたいな気分。  ノースリープのかわいい肩が、なんだかとても艶かしくて、間近の唇から、ほんのりチョコレートの香りした。 「ポール・ニューマンの映画。  知ってる?」  ふっくらの頬がニッコリして、ボクはドッキリしちゃった。  う、うん。そうだね…。  急に、サドルの具合がわるくなっちゃった…。 「う、ううん。古い映画なの?」 「『明日に向かって撃て!』  おばあちゃんが好きなの。  あたしも、一度やってみたかったんだ〜♪」 「ふ〜ん」  さやちゃんって、おばあちゃんと一緒に暮らしてるのかな? 「それじゃ、レッツゴー!!」  はしゃいださやちゃんは意気揚々。  だけどボクは、そこまで楽観的じゃなかった。 「え? これで?」 「そうよ。二人乗りだもん!」  こともなげにいうけどさ、さやちゃん? 「あぶないよ。  ハンドルが重くて、コケちゃうよ…」  実際、支えるだけで精一杯。  これで漕いだら、絶対コケちゃうよ。 「もう…ノリわるいんだからぁ……カタブツ…」  さやちゃんはツマんなそうに口を尖らせると、ポケットからポッチーを取り出した。  いつもとかわらない様子だけど、やっぱりヘンに感じるのは、ボクの気のせいかな…。 「ねぇ、さやちゃん?  なんか、あったの…?」 「なにが?」 「だって、夜中なのに急にボクんち来たりして…」 「どうもしないわよ。  ただの性態観察だもの」  もう…さやちゃんのイジっぱり。  ため息でちゃいそう。  でも、ハラの探り合いみたいなことしててもはじまらないものね。  ちょっと恥ずかしいけど、ボクは思い切って話すことにした。 「ボ、ボクも……。  ボクも、さやちゃんちに行こうと思ってたんだ」 「ふ、ふーん…。  なんで?」 「んと…不安、だったから…。  なんか、校門で見たさやちゃん、どっか遠くへ行っちゃうみたいな、気がした…」  ポキンとポッチーの音。  そっぽを向いたさやちゃんは、ボクには隠し事してるみたいに思えた。 「き、気のせいだよね…?  黙って引っ越しなんて、しないよね?」 「ぷっ!」  さやちゃんは突然、吹き出して、大きな声で笑いだした。 「ハジメは?  あたしになにもいわず、引っ越しちゃう?」  さやちゃんは飛び下りるみたいにハンドルから着地すると、ポッチーをボクの口に入れた。 「あたしもおんなじ!」  さやちゃんはニッコリいうと、声のトーンが急に落ちた。 「“さよなら”したら、アンタが、どっか行っちゃうみたいな気がしたの」 「じゃ、じゃ、ボク、さやちゃんにフラれちゃったの…?」 // 「ハァ?!」 {{size 4"「ハァ?!」"}} //-- 「だって…だって…いま“さよなら”って…」 ////  たった一言で、なにもかも氷解すること、あるよね?  うん。そうなんだ。  いまがそんな感じ。  美代ちゃんと仲直りできたのも、ボクがやったことじゃなくて、さやちゃんが手回ししてくれたお陰だし。  さやちゃん、ボクと美代ちゃんを元の鞘に納めて、ボクとさよならするつもりじゃ…。  んと…そう、“身を引く”ってヤツ。  ぜんぜん、らしくないけど、…下校の時もさやちゃんらしくなかったもの。  ボクんちに来たのも、ちゃんと“さよなら”するつもりだったんじゃないかって…。  そう考えると、なんだか…辻褄があう気がして…。急に胸が苦しくなった。 ////-- 「……」  さやちゃんはなにもいわずに立っていて、ちょっとしてから口を開いた。 「あたしね、美代ちゃんとケンカすることにしたの」 「え?」  物騒な言葉なのに、さやちゃんはにこやかだった。  というか、仲直りしたんじゃなかったの? 「七夕の短冊に“仲直りできますように”って書いて、あたし気づいたの。  美代ちゃんと、ちゃんとケンカしたこと、なかったって。  嫌われるのがイヤで、コワくて、腫れ物触るみたいにして…。  だから、ちゃんとケンカしたの!」 「いつ?」 「七夕の日に」  ボクは目をパチクリ。  だって、ふたりとも怪我もしてないし、そんな素振り、ぜんぜんなかったもの。 「あ。ケンカっていっても、別に取っ組み合いしたワケじゃないわよ?  いいたいことを、お互いいっただけ」  呆気にとられてるボクに、さやちゃんはひまわりみたいな笑顔を見せた。 「美代ちゃんって、強い女の子よね!  ニッコリ笑って、 『はじめくんをとりあって、仲良くしましょ』  だって! 惚れ直しちゃったわ〜。  もちろん、あたしも大賛成!!  仲直りの方法はしらないけど、ケンカは知ってるもの!」  え、えっと…それって、どういうこと?  ケンカは続いてて、仲直りしてないってこと?  でも、部室でも洗面所でも、あんなに仲良くしてたよね…? // 「あたしたち、仲直りの方法をいろいろ悩んでたけどサ。 //  きっと、仲直りの方法なんてないのよ!」 「きっと、仲直りの方法なんてないのよ!」 //--  さやちゃんはそういうと、くるっと背を向けて、薄ぼんやりの夜空を仰いだ。 「ハ、ハジメは、美代ちゃんのこと好きでしょ?  あたしもそうよ。  アンタも美代ちゃんも大好き。  独り占めしたい気持ちはあるけど…どっちかを選びたくないわ。  まぁ、アンタが美代ちゃんを選ぶなら、べ、べつにかまわないけど…。  で、でもね、でも…」  さやちゃんの言葉が、そこで急に勢いをなくした。 「どっちかを選ぶなんて…。  そ、そんなのは、ずっと先で、ぃ、いいじゃない…!  ね? そうじゃ、ない…?」  それはとっても、さやちゃんらしくない言葉だった。  どんなことでも、竹を割ったみたいにしなきゃ気が済まないのに…。  うん。きっとさやちゃんも、不安なんだよね?  さっきのボクとおんなじ。 //  “さよなら”されちゃうのが、とってもコワイんだよね…?  さやちゃんは誰よりも寂しがり屋で、臆病で、ポッキリ折れちゃうくらい、か細い女の子だもの。  みんなは知らないかもしれないけど、ボクはよく知ってるもの。 //  わんわん、泣き顔を見せてくれた、あの夜から…。  「好き」っていえた、あの夜から…。 //-- 「あ、あのね、さやちゃん?  ボクも同じ気持ち。  さやちゃんも好き。美代ちゃんも好き。 //  どっちも選べない。  でもね。でも…  さ、さやちゃんの泣き顔みても、キ、キライにならないよ?」  そよ風にも折れてしまいそうな小さな背中が、ベソをかくみたいに震えてた。  ボクはそれが、とても哀しくて仕方がなかった。 「だから――、ね、ねえ、こっち向いて?」  ゆっくり振り向いた顔は、涙を流しながらも、それを堪えるクシャクシャのヒドイ顔。  でも、でもね。ボクはキュンとなっちゃったんだ。 // {{ref_image 10-04saya2.jpg,evPic02}} //-- 「な、なにいってんのよ…。  泣いてるのは、アンタの方じゃない…」  うん。さやちゃん、キミって、ホントに強がりだね。  でもきっと、ボクはそんな“強がりさやちゃん”が好きなんだ。  ボクとおんなじ不安を持ってて、弱音をいったら、強がりで背中を押されるんだ。  強がりに背中を押されたら、それに応えなくちゃね。  手を繋いで歩きながら、ボクはおぼろげに、そんなことを思った。 {{metainfo}}