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はじめてのコスプレ


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【@右巻きソフトウエア】 「初・体験教室」 「ま〜めいど★ハンター」 「怖くない怪談」 「ないしょのえろカタログ」

はじめてのコスプレ


 家に帰ってからも、晩御飯のときも、ボクは自然と微笑がこぼれちゃってた。
 お陰でお母さんもお父さんも、不思議そうに顔を見合わせてた。
 うん。仕方ないよね。
 だって、三人で仲直りできて、オマケに美代ちゃんからも告白されちゃった。
 悩みごとはなくなって、仲良し三人組の楽しい学校になるんだもん。
 ニヤけちゃうのは、仕方ないよね?

 夕食の後。ボクは自分の部屋で机のイスに座った。そして、ポケットに入れたままの首輪を取り出した。
 美代ちゃんにさやちゃん。
 かわいい女の子ふたりから、ボクは好かれてるんだよね。
 うふふ。ボクって案外モテるのかな?
 明日からはニコニコの美代ちゃん。
 ツンツン美代ちゃんとは、さようなら…。
 ボクはジッと、手の平の首輪を見つめてた。
「さやちゃん…どうしてるだろ…」
 うん。そうなんだ。
 なんだか急に、ボクは不安を覚えたんだ。
 トボトボと離れゆく、赤いランドセル…。
 悩みごとは解決したのに、その背中はなんだか、あまりうれしくなさそうだった。
 いま思うと、ボクはさやちゃんが、あのままどこか遠くへ行ってしまうみたいに感じてたんだ。
 うん。まるで、なにもいわずに転校しちゃうみたいな感じ……。
「まさか…ね」
 そんなこと、あるワケないと思うけど…。
 独りごちったせいか、おぼろげな不安が、胸をひどくざわつかせるんだ。
 胸がモヤモヤと疼いて、いますぐさやちゃんに確認しないと、とても治まりそうにないくらい。
 うん。でもボク、さやちゃんちの電話番号知らないんだよね…。
 明日になれば、学校で会えるけど…。
 もしホントだったら、手遅れだよ……。
「もう…なんでボクってこうなんだろ…」
 ため息でちゃうよ…。
 “付き合ってる”なんていうクセに、いまだボクは、さやちゃんの電話番号さえ知らないんだ。
 クラスが別だから連絡表もないし。知ってるのは、お家のだいたいの場所くらい…。
(なら、これから会いに行ってみようか…?
 行ったことないけど、なんとかなるかも)
 うん! そうだよね!!
 思い立ってみると、なんということはない、一番いいこと。
 目覚まし時計を見ると、八時を少し回ったところだった。
 一階にいるお母さんたちは、まだ起きてるみたい。
 こんな夜中に外出しようとしたら、きっと怒られちゃうよね…。
 玄関からコッソリ出られるかなぁ…。
 それじゃ、窓…。そんなこと、はじめてだけど…。
 うん。そうだね。
 不安だけど、ちょっとワクワク。
 なんかの映画みたい。ちょっとした冒険だね。
 ボクは危なくないか、カーテンを開き、そしてさやちゃんと目が合った…。
「さ、さやちゃん?!」
 窓の正面の街路樹。
 その枝に、さやちゃんが腰掛けてたんだ。
 うん、とってもびっくりしちゃったよ!
 さやちゃんもきっとそう。
 窓明りに浮かんだ顔が、びっくりした猫みたいに固まっちゃってた。
「そ、そんなトコで、なにしてるの?」

「せ、せいたいかんさつ…かな?」
「せいたいかんさつ…?」
「そそ。性態観察。
 今日はオナニーしないの?」
「し、しないよぅ…。
 学校でイッパイ、シてもらったし…」
 性態観察って、“ボクの”なんだね…もう…。ていうか、微妙に字がちがう気がするけど…。
「――って、毎日、覗きにきてたの?!」
「失礼ね。あたしはストーカーじゃないわよ?
 今日だけ。タマタマ!
 タマタマ通りがかって、気に…なったんじゃなくて、気に留めてあげたの!!」
 ボクたちの話し声が聞こえたみたいで、一階からお母さんの声がした。
「どうかしたの? ハジメ?」
「な、なんでもないよ」
 階下に向かってゴマかすと、さやちゃんはニッコリと微笑んでた。
「いまの、お母さん?」
「う、うん」
「ふーん…。いいね!」
「そ、そうでもないよ…」
 窓際のボクと、街路樹に座るさやちゃん。
 まるでピーターパンのワン・シーンみたいだね。
 “気がかり”をどう切り出そうか考えながら、ボクはちょっと、夢を見てる気分だった。
「じゃ、用は済んだから」
 さやちゃんはふいにそういうと、枝づたいに木から降りようとした。
「あ、あぶないよ!」
「どうってことないわよ。
 アンタが乗り越えたフェンスほどもないじゃない!」
「あれは…無我夢中だったから…」
 フツウだったらコワくてできないよ。
 帰りは膝が震えてたの、さやちゃんも知ってるじゃない。
 それにいまは夜だもん。真っ暗な中じゃ、足を簡単に踏み外しちゃう。
「と、とにかくあぶないよ。待ってて。
 いま、下に行くから!」
 そうさやちゃんにいうと、ボクは部屋を出て階段を降りた。
「ハジメ?」
「ちょっと自転車みるだけ!」
 お母さんの声にそういうと、ボクは特に咎められることなく玄関から出られた。
 なんだ。
 窓から出るほどのことじゃ、なかったじゃない。
 拍子抜けしながら門を出ると、さやちゃんはもう木から降りていた。
「ホラ。どうってことない!」
 さやちゃんは腰に手を当てて、ニッコリいった。
「もう。待ってて、っていったのに…」
「なによ?
 下からパンツ見たかったの? エッチ!」
「そ、そんなんじゃないよ」
「うふふ!」
 ボクの頬をツッつき、さやちゃんがからかう。
 ホンキで心配したのに…もう…。
「でも、残念ね。
 履いてないから、見られないわよ?」
「え? パンツ履いてないの?!」
「ウ・ソ!
 やっぱり見たかったンじゃない〜♪」
 いろいろ言葉が頭の中で錯綜したけど、出てきたのはやっぱり、ため息だけだった。
「もう…家まで送るよ…」
「うん!」


 ボクはカラカラと自転車を押して、さやちゃんと川沿いの道を歩いていた。
 初夏のせいか、夜空にはモヤのような霞がかかり、街灯だけの道は真っ暗。空気はそよ風もなく、生暖かい。
 過ごしやすくはあるけど、なんかオバケが出てきそうで、コワくなっちゃう…。
 さやちゃんと一緒じゃなきゃ、全速力で駆け抜けているところだよ。
 うん。聞きたいことは、まだ切り出せずにいた。
 だってホントだったら、……オバケよりヤダもん…。
「自転車じゃなかったんだね」
 さやちゃんはノースリープのシャツに、かわいい空色のスカート。
 学校で別れた時とちがうから、お風呂に入ってきたのかな?
「いらないわよ。
 それほどの距離じゃないもの」
 さやちゃんちは、ボクんちと学校を挟んで正反対の場所なんだ。
 学校からの距離も同じくらいだから、けっこう離れてると思うんだけどね。
「二人乗りできればいいんだけど…」
 ボクの自転車はマウンテンバイク。
 危ないから二人乗りはしないし、だから荷台も足をかけるところもない。
「今度、パーツを探してみるよ」
「そんなのいらないわよ」
 ニッコリ微笑み、さやちゃんは立ち止まった。
「ね。ちょっと自転車に乗ってみて」
「うん」
 不思議に思いながらも、ボクはいわれたとおりに自転車に跨がった。
 するとさやちゃんは、背中を向けて前輪を跨ぎ、ハンドルを掴むと…。
「よっ…と!」
 って、器用にハンドルの上に腰掛けた。
 さやちゃんの体重がハンドルにかかって、ちゃんと支えてないと、自転車ごとコケそうになっちゃう。
 でも両腕の間にさやちゃんがいて、ボクは“お姫様だっこ”したみたいな気分。
 ノースリープのかわいい肩が、なんだかとても艶かしくて、間近の唇から、ほんのりチョコレートの香りした。
「ポール・ニューマンの映画。
 知ってる?」
 ふっくらの頬がニッコリして、ボクはドッキリしちゃった。
 う、うん。そうだね…。
 急に、サドルの具合がわるくなっちゃった…。
「う、ううん。古い映画なの?」
「『明日に向かって撃て!』
 おばあちゃんが好きなの。
 あたしも、一度やってみたかったんだ〜♪」
「ふ〜ん」
 さやちゃんって、おばあちゃんと一緒に暮らしてるのかな?
「それじゃ、レッツゴー!!」
 はしゃいださやちゃんは意気揚々。
 だけどボクは、そこまで楽観的じゃなかった。
「え? これで?」
「そうよ。二人乗りだもん!」
 こともなげにいうけどさ、さやちゃん?
「あぶないよ。
 ハンドルが重くて、コケちゃうよ…」
 実際、支えるだけで精一杯。
 これで漕いだら、絶対コケちゃうよ。
「もう…ノリわるいんだからぁ……カタブツ…」
 さやちゃんはツマんなそうに口を尖らせると、ポケットからポッチーを取り出した。
 いつもとかわらない様子だけど、やっぱりヘンに感じるのは、ボクの気のせいかな…。
「ねぇ、さやちゃん?
 なんか、あったの…?」
「なにが?」
「だって、夜中なのに急にボクんち来たりして…」
「どうもしないわよ。
 ただの性態観察だもの」
 もう…さやちゃんのイジっぱり。
 ため息でちゃいそう。
 でも、ハラの探り合いみたいなことしててもはじまらないものね。
 ちょっと恥ずかしいけど、ボクは思い切って話すことにした。
「ボ、ボクも……。
 ボクも、さやちゃんちに行こうと思ってたんだ」
「ふ、ふーん…。
 なんで?」
「んと…不安、だったから…。
 なんか、校門で見たさやちゃん、どっか遠くへ行っちゃうみたいな、気がした…」
 ポキンとポッチーの音。
 そっぽを向いたさやちゃんは、ボクには隠し事してるみたいに思えた。
「き、気のせいだよね…?
 黙って引っ越しなんて、しないよね?」
「ぷっ!」
 さやちゃんは突然、吹き出して、大きな声で笑いだした。
「ハジメは?
 あたしになにもいわず、引っ越しちゃう?」
 さやちゃんは飛び下りるみたいにハンドルから着地すると、ポッチーをボクの口に入れた。
「あたしもおんなじ!」
 さやちゃんはニッコリいうと、声のトーンが急に落ちた。
「“さよなら”したら、アンタが、どっか行っちゃうみたいな気がしたの」
「じゃ、じゃ、ボク、さやちゃんにフラれちゃったの…?」

「だって…だって…いま“さよなら”って…」
 たった一言で、なにもかも氷解すること、あるよね?
 うん。そうなんだ。
 いまがそんな感じ。
 美代ちゃんと仲直りできたのも、ボクがやったことじゃなくて、さやちゃんが手回ししてくれたお陰だし。
 さやちゃん、ボクと美代ちゃんを元の鞘に納めて、ボクとさよならするつもりじゃ…。
 んと…そう、“身を引く”ってヤツ。
 ぜんぜん、らしくないけど、…下校の時もさやちゃんらしくなかったもの。
 ボクんちに来たのも、ちゃんと“さよなら”するつもりだったんじゃないかって…。
 そう考えると、なんだか…辻褄があう気がして…。急に胸が苦しくなった。
「……」
 さやちゃんはなにもいわずに立っていて、ちょっとしてから口を開いた。
「あたしね、美代ちゃんとケンカすることにしたの」
「え?」
 物騒な言葉なのに、さやちゃんはにこやかだった。
 というか、仲直りしたんじゃなかったの?
「七夕の短冊に“仲直りできますように”って書いて、あたし気づいたの。
 美代ちゃんと、ちゃんとケンカしたこと、なかったって。
 嫌われるのがイヤで、コワくて、腫れ物触るみたいにして…。
 だから、ちゃんとケンカしたの!」
「いつ?」
「七夕の日に」
 ボクは目をパチクリ。
 だって、ふたりとも怪我もしてないし、そんな素振り、ぜんぜんなかったもの。
「あ。ケンカっていっても、別に取っ組み合いしたワケじゃないわよ?
 いいたいことを、お互いいっただけ」
 呆気にとられてるボクに、さやちゃんはひまわりみたいな笑顔を見せた。
「美代ちゃんって、強い女の子よね!
 ニッコリ笑って、
『はじめくんをとりあって、仲良くしましょ』
 だって! 惚れ直しちゃったわ〜。
 もちろん、あたしも大賛成!!
 仲直りの方法はしらないけど、ケンカは知ってるもの!」
 え、えっと…それって、どういうこと?
 ケンカは続いてて、仲直りしてないってこと?
 でも、部室でも洗面所でも、あんなに仲良くしてたよね…?
「きっと、仲直りの方法なんてないのよ!」
 さやちゃんはそういうと、くるっと背を向けて、薄ぼんやりの夜空を仰いだ。
「ハ、ハジメは、美代ちゃんのこと好きでしょ?
 あたしもそうよ。
 アンタも美代ちゃんも大好き。
 独り占めしたい気持ちはあるけど…どっちかを選びたくないわ。
 まぁ、アンタが美代ちゃんを選ぶなら、べ、べつにかまわないけど…。
 で、でもね、でも…」
 さやちゃんの言葉が、そこで急に勢いをなくした。
「どっちかを選ぶなんて…。
 そ、そんなのは、ずっと先で、ぃ、いいじゃない…!
 ね? そうじゃ、ない…?」
 それはとっても、さやちゃんらしくない言葉だった。
 どんなことでも、竹を割ったみたいにしなきゃ気が済まないのに…。
 うん。きっとさやちゃんも、不安なんだよね?
 さっきのボクとおんなじ。
 さやちゃんは誰よりも寂しがり屋で、臆病で、ポッキリ折れちゃうくらい、か細い女の子だもの。
 みんなは知らないかもしれないけど、ボクはよく知ってるもの。
 「好き」っていえた、あの夜から…。
「あ、あのね、さやちゃん?
 ボクも同じ気持ち。
 さやちゃんも好き。美代ちゃんも好き。
 でもね。でも…
 さ、さやちゃんの泣き顔みても、キ、キライにならないよ?」
 そよ風にも折れてしまいそうな小さな背中が、ベソをかくみたいに震えてた。
 ボクはそれが、とても哀しくて仕方がなかった。
「だから――、ね、ねえ、こっち向いて?」
 ゆっくり振り向いた顔は、涙を流しながらも、それを堪えるクシャクシャのヒドイ顔。
 でも、でもね。ボクはキュンとなっちゃったんだ。

「な、なにいってんのよ…。
 泣いてるのは、アンタの方じゃない…」
 うん。さやちゃん、キミって、ホントに強がりだね。
 でもきっと、ボクはそんな“強がりさやちゃん”が好きなんだ。
 ボクとおんなじ不安を持ってて、弱音をいったら、強がりで背中を押されるんだ。
 強がりに背中を押されたら、それに応えなくちゃね。
 手を繋いで歩きながら、ボクはおぼろげに、そんなことを思った。

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