!!!怪談「受け取り」  ボクは宅配のバイトをしている。  あの、猫のマークで有名なところだ。  そのせいではないだろうけど、不可思議な体験をすることが多い。  この話は、その中のひとつ。  いつものように、ボクは配達する届け物を仕分けしていた。  普通免許は持ってるけど、バイトのボクは車を使えない。  だから、緑のボックスをのっけた手押しの台車が、ボク専用の配達車。  でも緑のボックスは、大きいようで、すぐにいっぱいになってしまう。  だから台車に積む前に、配達順番を考えて、仕分けをする必要があるんだ。  そうしないと効率よく配達できないし、荷崩れしてしまうこともある。  料理でいえば、仕込みみたいなものかな?  この作業は地味だけど、とても重要なんだ。  だから、ひとつひとつを手にとり、しっかりと住所を確認する。  そうして仕分けの作業をしていて、ボクは軽めの箱を手に取ると、 「おばあちゃんトコか」  と、何の気なしに呟いた。  “おばあちゃん”といっても、親戚とかそういうのじゃない。  単なる“お馴染みさん”。  このバイトをやってると、担当地域に“お馴染みさん”というのができてくるんだ。  よく行くお客さんや、印象の強いお客さん。  あまり行きたくないお客さんもいるけど…この届け先のおばあちゃんは逆。  おばあちゃんはいつも、届け物を受け取ると、配達票に自分の名前を書くんだ。  人柄を忍ばせる、丁寧で、綺麗な字。  大抵のお年寄りは判子を使うのに、このおばあちゃんは使わない。  ちょっと珍しい人。  そして届け物が完了すると、 「いつも、ありがとね」  と、おばあちゃんはニッコリ笑ってくれる。 「ありがとうございました」  と、ボクも頭を下げて応える。  何気ないことだけど、この仕事で一番うれしい時だね。  おばあちゃんは、人当たりがよくて、いつもニコニコと労をねぎらってくれるし。  暑い夏の日には、冷たい飲み物。寒い冬には、みかんをくれたりもする。  お線香の匂いがするところは、ボクに亡くなった祖母を思い出させ、懐かしく和ませてくれる。  だから配達に行くのは、いつも楽しみだったりするんだ。  配達票を見て、ポツと呟いたのも、そんな理由からだね。  台車を押して、おばあちゃんの家に着くと、ボクは低い柵を開けて小さな庭に入った。  いい忘れてたけど、印象に残ってるのは、もうひとつ理由があるんだ。  ここの家は、東京では珍しく、庭にお墓がある家なんだ。  っていっても、気味がわるいと思ったことは一度もない。  配達に行くのは、決まって昼間だからね。  夜中なら別かもしれないけど。  明るい昼日中じゃ、「へぇ〜」と思うくらいかな?  いまもそう。  特に気にすることなく、お墓の前を通って玄関にたどり着いた。  呼び出しベルはないので、茶色い木の柱を、コンコンと二回ノック。  返事を待ちながら、ボクはあたりを見回した。  小さな庭は、お墓のせいで、あまりスペースはない。  猫の額のような花壇に、真っ赤な彼岸花が咲いていた。  家の中から返事はなく、ボクはまた、コンコンと四回目になるノックをした。  それで、しばらく待っていたけど、返事はなかった。  いつもはこのくらいで、気づいてくれるんだけど…お留守なのかな?  そう思っていたら… {{size 1," …ピュー……ピュー……"}}  と。中から笛のような音が、かすかに聞こえた。  独り暮らしのお年寄りの家には、なんとも似つかわしくない音。  聞き間違いかな?  …ピュー……ピュー……  踵を返したボクに、また笛の音が呼びかけた。  あれ? いるのかな?  ボクは首を捻った。  お孫さんでも遊びに来てるのだろうか?  お孫さんが笛を吹いてて、それでノックが聞こえないのかな?  そんなことを思いながら、ボクはコンコンと六回目のノックをした。 「………はぁ…いぃ…」  今度は嗄れた、小さな返事が聞こえた。 「こんにちは〜。○○○運輸です〜」  ボクは、玄関越しに声をかけた。  するとさっきの笛の音にまじり、嗄れた声が聞こえる。 「…いま……でらんないの…ピュー…ごめんね……」  風邪でもひいたのかな?  ツラそうな声だ。 「そうですか。  お届け物なんですけど、どうしましょうか?  後でまたきましょうか?」 「…そこ…に……ピュー…置いといて…くれる…?」 「そこ…?」 「…お墓のトコ…ピュー……後で…取りに行く…から……」  そういうのは“玄関前配達”といって、厳禁なんだけど。  お客さんの要望なのだから、断るすべはない。  なにより病気のお年寄りを、無理に呼び出すのも気が引ける。 「わかりました〜」  ボクは了解の返事をすると、お墓のところに届け物を置いて、携帯電話の時計を見た。  こういうときは、配達票に日付と時間を書き記すんだ。  なにか問題が起きたり、配達センターで聞かれたりしたときの覚え書きみたいなものだね。 「…ごめんね……」  おばあちゃんの声が聞こえた途端、なぜか背筋がゾクゾクして身がこわばった。  いつものように、やさしい声なのに…。 「い、いえ。あ、ありがとうございました…ぁ…」  ボクは慌てて立ち上がると頭を下げ、なにかに急かされるように立ち去った。  次の日の朝。  ボクは目が覚めると、いつものようにTVをつけた。  バイトに出る前に、天気予報を見るのが日課になってるんだ。  しかし画面に映ったのは、美人のお天気お姉さんでも、天気図でもなかった。  それはなんとも、寝覚めのわるいニュース。  独り暮らしの老人が惨殺されたという、凄惨な事件だった。 「治安がわるくなったな…ホントに……」  そう呟くと同時に、ボクはギョッとした。  被害者は、あの、おばあちゃんだったのだ。  いっぺんに目が覚めきると、TV画面に釘付けになった。  どうやら事件は、昨日、玄関の土間の辺りで起こったらしい。  可哀相に…。喉笛を掻き切られて、そのまま放置されたとか……。  ……喉笛を切られて…放置?  ボクは昨日のことを思い出していた。  あの苦しそうな声…  ピュー、という笛の音…  そ、それじゃ、ボクは、今にも死にそうなおばあちゃんと、あんな会話をしていたんだろうか……?  扉一枚の近さで、苦しんでいる人を助けずに、あんな能天気な会話を…。  知らなかったとはいえ、それはとても残酷で、なんともやりきれない…。 「よ、よかった…」  詳細を聞きながら、ボクは不謹慎ながらも、ホッと胸を撫で下ろした。  死亡推定時刻が、配達の時間と重なってなかったからだ。  その時刻は、ボクが伺った、二時間前……。 //{{size 5,"「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」"}} {{size 5,"「う、うわぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」"}}  悲鳴を上げるとボクは、布団を被ってガタガタと震えた。  誰だってそうなるだろ?!  だってニュースが正しければ、“ボクが伺った二時間前”に、おばあちゃんは亡くなっていたことになるんだ。  つまりボクは、すでに死んでいる人と、会話してたんだ……。  その日、ボクはバイトを遅刻した。  あんなことが起きて、ホントはバイトどころじゃないんだけど…。そうもいかない。  陰鬱な気をようやっと引きずり起すと、ノロノロとした足どりで、ボクは配送センターに現れた、  そしてボクを待っていたのは、センター長のものすごい叱責だった。  遅刻のことじゃない。  届け物がひとつ、行方不明になっていたんだ。  どうやら持ち出されたままで、配達完了にも、不在扱いで戻ってもいないのがあるらしい。  ボクはすぐにピンっときた。  おばあちゃんへの届け物だ。  昨日ボクは、慌ててあの場を立ち去った。  そのせいで配達票を抜き忘れ、配送センターでは行方不明ということになってしまったんだろう。  ボクは事情を説明すると、すぐにおばあちゃんの家へ向かった。  正直、ボクの足どりは、軽くはない。  昨日、ボクの背筋を凍らせた原因も、いまとなってはわかるから。  しばらく近寄りたくはなかったけど…届け物は、大事な預かり物。  それが行方不明では、会社の信用に関わるもの。  いくらバイトだからって、バイトにはバイトなりのプライドがある。  それに配達票を持ち帰るくらいなら…そう、コワイこともないだろう…。  おばあちゃんの家は、昨日きた時と、なんら変哲はなかった。  てっきり、黄色いテープとか巻かれてると思ったんだけど…。  現場検証とか、終わったせいなのかな?  一応、場を荒らさないように、ボクは注意深く柵を抜けると、お墓の前にきた。  でもそこには、届け物の姿はなかった。  そのかわり、小石をのせた配達票があった。  誰が届け物を持っていったんだろう…。  配達票を拾いあげて見ると、そこには名前が書いてあった。  人柄を忍ばせる、丁寧な字…。  まちがいなく、おばあちゃんの字で、こう書き添えてあった。 「ありがとね」  ボクは帽子を脱いで手を合わせると、お墓に深く頭を下げた。 「ありがとうございました」 < FIN > {{category Story,nolink}} {{metainfo}}