!!!再会 {{category 本編,プロローグ,nolink}} !■「おい、起きろッ!」 {{ref_image mi_cloister01a_b.jpg,pic}}  再びの激痛で、ハンス(仮名)は起こされた。  ひんやりの空気、冷たい石の床、思わず息を止める臭い匂い…。  どうやら、ココは地下牢らしい。 「むにゃ。おかわり……」  …なにをいってるんだか。  まぁ、ハンス(仮名)にとっては、気絶したままの方が天国にちがいない。  これから行われるのは、厳しい取り調べと拷問なのだから。 「…それでどこの手の者か? ふむ」  扉の軋む音と共に、なにやら偉そうな男の声がした。  キビキビした足音と的確な指示。  そこからすると、かなり有能な男のようである。  察するところ、ギルドのお偉いさんであろう。  木戸が開いて、そのお偉いさんが入ってきた。  背が低く、小太りといえなくもない男だった。  暗い照明の中、お偉いさんはハンス(仮名)を眇め見る。  そしてギョッとすると、慌ててマントで顔を隠した。 「ティーゲル!」  ハンス(仮名)が驚きの声をあげた。  驚くのも無理はない。  ギルドのお偉いさんとおぼしきその男。  ハンス(仮名)が王の孫と呼ばれていたころ、いろいろ世話を妬いてくれた軍団長と、瓜二つだったのである。  いや、そのころから年輪を経た姿からすると、本人に間違いはないであろう。  しかも祖父と共に、戦死したと伝えられていた男なのだから。  慌てて顔を隠したお偉いさんは、まるでイタズラ小僧が隠れたカーテンからするように、ゆっくりマントから顔を覗かせた。 「…ハンス…(仮名)…さま…」 // ■ // 「ティーゲルが生きていたなんて、驚きだよ〜」 // !■一転して、なにやら厳粛で豪奢な部屋に通された。 {{ref_image ni_hallD01_c.jpg,pic}}  窓はなく、円卓ひとつ。  そこは王家の者が、会議や質疑をする部屋に似ていた。  ハンス(仮名)には懐かしくも思える部屋には、ひとりの初老が待っていた。  白髪に白い髭。不測に備える、黒い眼帯。  その猛将とも見える、厳めしい偏屈な顔つき…。  足があるなら、ハンス(仮名)の祖父に間違いない。 「爺ちゃん、生きていたんだねぇ〜」  戦死したと聞いていた祖父。  それが生きていて、こんなところでめぐり合えるとは…。  基督様も涙を流す、感動の対面である。  諸手を拡げて駆け寄る、ハンス(仮名)。  そんなハンス(仮名)に爺さんも応え…。 {{size 5,"「この莫迦モンがっ!!」"}}  ゴツンと、いきなりゲンコツを喰らわせた。 「あぐぅっ!」 「とうとう、ココまで嗅ぎつけてきおったかっ!」 「いきなりイタイなぁ…もう…」 「大方おまえのことじゃから、かわいいメイドでも買いに来たんじゃろ?  人魚のひとりでももらいにきたのじゃろう?!  そうじゃろ?! ちがうか!!」 「思わないよ、そんなこと…」  ハンス(仮名)は殴られた後頭部をスリスリ。 「でも、くれるんなら貰っておくよ」 「やらんっ!」 「どうせいっぱいいるんでしょ? ね? ね?」  ハンス(仮名)は爺さんの袖をひっぱりひっぱり、綿あめをねだる孫のごとく。 「あのね、ボク、かわいいメイドさんがいいなぁ〜。  競売で残ってた娘。  ホラ、メガネが似合いそうで、薄幸な感じの〜」  今度は指を顎に、クネクネ、気色のわるいオネダリポーズ。 「あやつはあのあと、すぐに売れたわい」 「じゃ、別の娘でもいいや。  かわいいお孫さんのお願いだよ〜?  一人ぐらい、いいじゃん〜」 「おまえのようなスケコマシに、やる人魚はおらんっ!!」 「ちぇっ! ケチ…」 「ケチではないわっ!」  爺さんは人指し指を、ハンス(仮名)の額にグリグリ押しつけた。 「おまえのウワサは、遠く離れたこの街にまで聞こえてきておるぞ!」 「へぇ〜。いいウワサ?」 「200人の妻と100人の妾、300人からの子供!  あげくに国の財政食い潰して、ほっぽり出された前代未聞の色ボケ放蕩王子となっ!」 「あはは。さすがにウワサだね」  ハンス(仮名)はわるびれもせずにニコニコ。 「元々、財政はわるかったから、隣国に併合してもらっただけだよ。  それにほっぽり出されたんじゃなくて、隣国の公務員試験を受けなかっただけだし。  あと、正確には231人の妃と108人の寵姫、304人の子供だね。  あ。この前の春に三人ほど産まれてるハズだから、307人の子供だったかな…?」 「なおわるいわっ!!」 {{size 5," ゴツンっ!"}} 「あぐぅっ…」 「併合してもらっただけ〜?  先祖伝来の地を売り渡して、いうことはそれだけか!!」 「中継ぎがよくて、予想の三倍で売れたよ〜。  国のみんなも喜んでた〜」 「財政わるいのに、嫁に妾〜?  それも200人! 合わせて300人?!」 「手をだしちゃダメだよ?  爺ちゃんはお姑さんなんだからね」 「あげくに、このワシに307人の曾孫がおるじゃと?!」 「みんな、爺ちゃんの曾孫さんだよ?  順番にだっこして、かわいがってあげてね?!」 「心臓マヒでワシを殺す気か?!」 {{size 5," ガゴツンッ!!!"}} 「あぐぅっ…」  爺さんは真っ赤な顔で、ゼイゼイ、ハァハァ。  壁の紐を引くと、ティーゲルが水の入ったコップを持って現れた。  どうやら紐は外に通じているようで、紐によって待機している者が、指示を実行するらしい。  ティーゲルはコップを円卓に置くと、うやうやしく退出した。 「イタイなぁ…もう…。  そーゆー、爺ちゃんこそ、なにしてたのさ」 「ワシは見てのとおり、ギルドの長じゃ」  爺さんはカラになったコップを、トンと卓に置いた。 「おまえも知ってのとおり、人魚は莫大な金になるからの。  ココで身を潜め、故国再興の資金を集めておったのじゃ」  なるほど。  道理ですんなり、館へ潜入できたワケである。  おそらく抜け穴は、この爺さんが作らせたものであろう。  そういったものは、制作者のクセが滲み出るもの。  孫のハンス(仮名)にとっては、正に勝手知ったる自分の家だったのである。  もちろん、先客がいたお陰もあるだろうが。  しかし…。 「ホントかなぁ…」 「ホントもなにも、おまえが食い潰した国じゃろうが〜」  グリグリ、今度は梅干し攻撃。 「イタイ、イタイ〜!  わるかったよぉ〜、許して、許して〜」 「いんや、許さんっ!  たった一人の祖父に、疑いの目を向ける愚か者はこうじゃ!  こうじゃ!!」 「ヒィ〜〜! やめて、やめてぇ〜」  こめかみの激痛に、ハンス(仮名)は涙が滲み出た。  地下牢から抜け出せたというのに…。  これでは地下牢の拷問となんら変わりがない。  延々、爺さんはハンス(仮名)を痛めつけると、真っ赤な顔で、ゼイゼイ、ハァハァ。  紐を引くと、ティーゲルが水の入ったジョッキを持って現れた。  それをグビグビっと一気に飲み干し、爺さんはほぅっと息をついた。 「時に、ドンスはどうしてる?」  ドンスとは、ハンス(仮名)の父親。  爺さんの息子、元・国王である。 「地方荘園の雇われ領主…」  ハンス(仮名)はズキズキするこめかみを摩りながら、どの紐なら軟膏を持ってきてくれるだろうかと思った。 「国王の身分はなくなったけど、お陰で身が軽くなったって感じ。  母さまとのんびり余生を過ごすって」 「そうか…。  あやつは子供の頃から、土いじりの好きな、気のいい農夫のようなヤツじゃった…」  いつもニコニコ。  人が良すぎて、ダマされることも多かった。 「国を動かす器ではなかったの。  地方領主か…。あながち向いておるのかもしれん…」 「うん。治水工事に土壌改良。  苦労はしたけど、どれもうまくいって豊作だって。  農夫たちにも慕われてるみたいだよ」 「そうか、そうか…」  厳めしい偏屈といえども、さすがに人の親。  爺さんは我が事のように目を細めた。 「あ〜。時にハンス(仮名)よ?」  気色わるい猫撫で声に、ハンス(仮名)は背筋がゾワゾワした。 「な、なに?」 「故国再興のために、力を貸さんか? うん?  おまえもまた、王子の身分に戻りたいじゃろ? うん?」  先程と打って変わっての馴れ馴れしさ。  ハンス(仮名)に肩まで組んできた。 「故国再興って…。  なにすんの…?」 「知れたこと。人魚狩りの“狩人”よ。  人魚を狩り集めて、故国再興資金を貯めるんじゃ」  なるほど。  故国再興というからには、莫大な資金が必要になる。  しかし競売会場の様子からすれば、それも夢ではなかろう。  加えて、ギルドなら諸侯とのコネも作れる。 「それはいいけど…。  ボクになんのメリットがあるの?」  爺さんは目をパチクリ。 「王子に戻れるぞ?」 「ボク、けっこう、いまの暮らしが気に入ってるんだ。  お金に困って、お腹も空くけど…。  気楽にブラついて、いろんなものを見られるからね!」  爺さんは大きな呆れ声をあげた。 「な〜んじゃ、若いのに欲のない…」  さっきまで200人の妻で痛めつけてたのは、ドコのダレであろうか…。 「それなら…うーむ…そうじゃなぁ…うーむ…。  …ヨシ!」  爺さんはひとしきり逡巡すると、パシンと膝を打った。 「人魚姫との婚約ではどうじゃ?」  これにはハンス(仮名)も、目をパチクリ。 「婚約って…結婚?! 人魚姫と?!」 「他になにがあるというんじゃ?」  今度は爺さんが目をパチクリ。 「おまえも知ってのとおり、結婚はええぞ〜。  毎日、毎日、朝、昼、晩と、えっちし放題!  あ〜んなことも、こ〜んなムリなことも、甘〜い囁きでアハン、うふんっ!」  爺さんは気色のわるく、クネクネ身悶える。  しかし、ハンス(仮名)は気にならないらしい。 「アハァ〜…いいねぇ…。  裸エプロンもいいねぇ…メイドさんもいいねぇ…。  体操着も、スク水もいいよぉ〜。  みんな、みんなかわいいよぉ〜」  早くもハンス(仮名)の桃色脳内では、裸エプロンの人魚姫や、メイドさんの人魚姫が、お色気ムンムン、あられもないポーズで誘っていた。 「人魚姫のお嫁さんじゃぞ〜。  クゥ〜! この三国一のシアワセ者めぇ〜!  馬に蹴られて、豆腐屋の角にタマタマぶつけろ〜」 「イヤぁ〜、そんなぁ〜、デへへぇ〜〜」  孫と祖父は肩を抱き合い、ふたりでクネクネ…。  まったく目にしたくない光景である。 「どうじゃ?」 「うん。やるぅ〜♪」  ハンス(仮名)の周りはなにやらピンク色の世界で、シャボン玉のようなものまで漂っていた。 「ヨシ! 話しは決まりじゃな♪」  爺さんが紐を引くと、衛兵たちがズカズカ入ってきた。 「ちょっ、な、なに?」  衛兵たちは問答無用でハンス(仮名)の腕と脚を取り、なにやら奇妙な器具を下半身に…。 {{size 5," ガチャンッ!!"}} 「なにコレ…?」 「貞操帯じゃ」 「ていそうたい〜?!」  貞操帯とは、えっちできないよう、股間につけるもののことである。  通常は女性がするものであるが、強姦魔などの罪人につけられることもあるらしい。 「おまえは触っただけで、処女まで妊娠させるらしいからの!  捕まえた端からキズモノにされてはかなわん」  基督狂徒が聞いたら、顔を真っ赤にしそうないわれようである。 「ヒドイよぉ〜! とってよぉ〜!!」  外そうと試みても、鍵がついてて外せない。 「だまらっしゃい!  ココで300人も曾孫を作られてはたまったモンではないわっ!!」 「残してきた子を合わせると、607人か…。  ハンス村(仮名)が作れるね♪」 「うつけ。  そうさせないための、コレじゃろが」  貞操帯を指差されて、ハンス(仮名)はこの世の終わりみたいな顔になった。  それを見て、爺さんはニンマリ。 「外して貰いたかったら、早いトコ、再興資金を貯めるんじゃな〜」  貞操帯の鍵をチラつかせて見せた。 「あぅ…。トイレはどうするのさぁ…」 「なんとか考えろ。  そのくらいのスキマはあるじゃろ」  “あるじゃろ”とは、また無責任な言い草である…。 「お風呂は〜?  これじゃ洗えないよ、不衛生だよ〜。  大事なムスコさんが腐って落ちちゃうよぅ〜」 「それなら、りりんに洗ってもらえ」 「りりん?」 「娼館におる。  おまえの一切の面倒は、りりんに任せることにした。  なにかあったら、りりんに相談せい」  娼館の“りりん”…。  察するところ、娼館の経営者であろう。  大抵、業突張りのヤリ手ババァと相場が決まっているのだが。 (お色気ムンムン、おっぱいの大っきなお姉さんだと、いいなぁ…)  などと、ハンス(仮名)はシアワセ回路を全開させていた。  まったく、前向きなオトコの子である。 「ちょっと待って」  ひとまず話の決まったそこに、翼のある猫がひょっこり現れた。 「姫さまの意向はまったく無視?  それってヒドすぎない?」  どこに隠れていたのか。  いや、始めからココにいたというような、堂々とした態度である。  爺さんは猫の不躾を怒りもせず、顎に手を添えた。 「ふむ。それもそうじゃな」 「それもそうじゃなって…、爺ちゃ〜ん」 「ハンス(仮名)。  人魚の売買契約はな、人魚自身の承諾がなければ、成立せんのじゃ」  肩を叩かれたハンス(仮名)は、目をパチクリ。  そんなのは初耳である。 「まぁ、そういうことじゃから。  おまえ、婚約の話を姫さまに取りつけてこい」 「え〜! それって、話がちがうじゃない〜!!」 「やかましい。  そいうことは、おまえの得意分野じゃろ。  ワシは忙しいんじゃ、ホレ、さっさと去ね。シッシッ!」  つまり婚約話はナシ。  貞操帯を外したければ、人魚を捕まえて、金を稼げ。  それだけの話になってしまったのである。  つまりは、貞操帯をつけれ損。 「底意地わるいのは変わらないなぁ…もう…」  どうやら、うまくハメられたらしい…。  ハンス(仮名)は大きな溜め息をついた。