はじめてのはじまり
そして、体験教室・当日。
ボクは体操着を着て、集合場所の体育館に来ていた。
体験教室は、連休を利用した、二泊三日。
寝泊まりも学校でするらしい。
林間学校みたいな感じなのかな?
体育館にはすでに参加する生徒たちが集まっていて、めいめい仲良し同士話をしていたり、中にははしゃいで走り回ってる子もいた。
人数はひとクラス分より多いかな?
見回してたら、佐藤さんの姿を見つけた。
同じクラスの女の子たちと、笑いながら話しをしていた。
話す機会があるといいな…。
そんな佐藤さんを遠目にしながら、ボクは壁を背にして体育座り。
自然とため息がでてしまう…。
佐藤さんと一緒。
そう思っても、ウキウキもないし、ワクワクもない。
ただ不安なだけ。
“参加しても、相手にされない”
その心配が、頭から離れなかった。
「おまけにブータもいるしね…」
男子の中にブルドッグ顔を発見して、ボクはまた憂鬱なため息をついた。
「は〜い! それじゃ、集まって〜」
しばらくして、先生たちが体育館へ入ってきた。
隣のクラスの小田先生、ゆり先生、男の立花先生、それと中等部のお姉さん――春子お姉さんもいた。
みんな、体操着姿だった。
ぼくらが集まって体育座りをすると、小田先生が話し始めた。
「それじゃ、これから体験教室を始めます。
これから三日間、みなさん仲良くしましょうね?」
ニコッとする小田先生へ、みんなで手をあげた。
「は〜い」
「最初に注意と約束事を説明するわね。
みんな、よく聞いて、ちゃんと守るように」
「は〜い」
ショートカットで、いつもジャージ姿の体育会系。
よく昼休みに、みんなでドッジボールしているのを見かける。
明朗快活っていうのかな?
ゆり先生とは正反対。
“おもしろい先生”ってみんないうけど、ボクは苦手なタイプ。
「ほら、鈴代っ! ちゃんと話し聞くっ!」
小田先生がボクに注意すると、あちこちクスクス笑いが聞こえた。
ほらね…。だから、好きじゃないんだ…。
「使っていい場所は、いまいったところね」
小田先生が話しを続ける。
「あと、屋上は絶対ダメ。それと階段もね。
足をすべらせたら危ないでしょ?
集合場所は、ココ、体育館。
相手に困ったら来てみるといいわ」
ゆり先生が指を立てて、にっこり微笑む。
「あと、お外にも出ちゃダメよ?」
「は〜い」
と、みんなで手をあげた。
「注意なんかはそんなところかな。
次に、大事な、大事な約束事。
よく聞いて」
そういわれてボクらは、姿勢を正すように、小田先生へ注目した。
「ひとつ、相手の嫌がることは、絶対にしないこと。
他の人がよくても、自分はイヤだってことはあるでしょ?
常に相手のことを考えてあげてね?
ふたつ、乱暴なことや危険なこともしない。
みんな仲良く。ケンカしちゃダメよ?
守らない子は、先生のオシオキだからっ」
「オシオキだって。くすくす…」
どこかからくすくす笑いが聞こえた。
「みっつ。いい? よくきいてぇ〜」
小田先生が、再び注目を集める。
「終わったら、必ず、お礼をいうこと。
“ありがとう”でもいいし、言葉でいえなかったら、髪を撫でてあげるだけでもいいわ。
忘れないように。特に男子はね!」
「わかってま〜す。
先生の口癖だもん〜」
隣のクラスの子かな?
からかうみたいな男子の声がした。
「いい? 大事なことだから、絶対守ってね」
小田先生が、一番大事とばかりに強調すると、
「は〜い」
とみんなで手をあげた。
「みんな自由にしていいけど、約束はちゃんと守ってね?」
ゆり先生が指を立てて、にっこり微笑む。
「は〜い」
「はいっ! それじゃ、はじめましょうっ!」
パンッと、小田先生が手を鳴らした。
「まず最初に、やってみたい子同士でペアを組んで」
そういわれてみんなは、楽しそうな声をあげて、移動をはじめた。
ボクはなにがはじまったのかわからず、完全に出遅れ。
えっちしたい子のところへ行くんだと、気づいた時には、もう手遅れといってもよかった。
佐藤さんのトコにはもう、他の男子が何人もいた。
ボクも佐藤さんのトコにいきたいけど…。
競争率の高さに諦めた。
なにより好きな子のとこへ行く恥ずかしさが、大きな足かせだった。
周りにはまだ、男子がいない女子もいるけど、誰にしようか迷ってるみたい。
結局ボクは、あぶれたようにポツンとなってしまった。
「見事に偏ったわねぇ…。
みんな正直でよろしい!」
小田先生が笑っていうと、みんなからも笑いがあがった。
できあがったグループは、女子ひとりに男子が複数とか、その逆とか。
そんなのがいくつもある。
人気のあるなしが一目でわかった。
「でもこれじゃ、タイヘンよ?
特に早川さんとか」
「早川なら大丈夫だよ。な?」
早川さんって女の子が、ニヒヒっと笑って、男の子の肩をツネった。
「いてぇ〜」
男の子が大げさに悲鳴をあげると、くすくすとみんなが笑った。
「それじゃ、固まっちゃってるトコは、女子が男子を選んで。
男子に固まってるトコは、女子がジャンケン」
男子に決定権ないんだ…。
「オスに決定権ナシ。
これが自然界のオキテよ?
ハイ、決めてっ!」
小田先生がパンッと手を鳴らし、そちこちで落胆やら喜びやらの声が聞こえはじめる。
ほどなくまた移動があって、今度はだいたい二人一組のペアになった。
「それじゃ、みんなに質問ね。
学校にくる前、お風呂に入ってきたひと〜」
そういって小田先生が手をあげると、ボクも含めてほとんどの子が手をあげた。
プリントには“必ずお風呂に入ってくること”って、太文字で書いてあったのに。
それでも守らない子はいるんだな。
「入らなかったひとはシャワーね。
それと
あんたたち、走り回って、汗ダクダクじゃないっ!」
名前を呼ばれたのは、さっき走り回ってた男子たちかな?
「あら。
体の調子でもわるい?」
「だ、だいじょうぶ…」
下級生なのかな?
クラスで背が低い方のボクより、もっと小さい。
「それじゃ、次の質問〜。
経験者は手をあげて〜」
「せんせいっ! ボクはじめてっ!!」
さっき名指しされた男の子が、いきおいよく手をあげた。
「アンタはちがうでしょ!
先生のアソコがよく知ってるんだからっ!」
男の子がデヘッと舌を出すと、クスクスと笑い声が聞こえた。
「正直でいいのよ〜。
どっちでも、恥ずかしいことじゃないんだから」
小田先生に即され、男子も女子も小さく手をあげていく。
意外。ほとんどの子が初めてじゃないんだ…。
なんだか、手をあげないとカッコワルイみたい…。
「ふむ。だいたい決まりかな」
小田先生はひとりごちると、ゆり先生の方を見た。
「シャワー組は、三人ほど男子が余りそうだけど。
ゆり先生、任せてもいい?」
「はい。さやちゃん先生」
ゆり先生が微笑んで返事をすると、小田先生はコホンと咳払いした。
「そこの三人の女子は、初めてだったわよね?
立花先生でいいかな?」
「よかったじゃない〜」
聞かれた女子たちは、肘でつっつきあってた。
立花先生は男の先生。
若い男の先生は珍しいこともあって、女子に人気があるんだ。
もちろん、男子のウケもわるくない。
寡黙だけど、気さくで話しやすいから、ボクも嫌いじゃない。
「じゃ、決まり。
立花先生、おねがいね。
あとで何人かいくかもしれないけど」
小田先生がウィンクするようにいうと、立花先生はニッコリ、微笑みで返した。
「すごいね、立花先生…」
「一人で何人相手にするんだろ…」
なんて、女の子が囁きあってる。
「あとはここにいる子たちね。
ちょっとペアを組み換えるわね」
シャワー組と立花組を除いたボクらに、小田先生が指を振りだした。
「君と君、入れ代わってもいい?
君はあっちの子と…」
先生が支持をして、テキパキとペアを組み直す。
なんか、初めて同士を避けてるみたい。
「君たち、はじめて同士よね? だいじょうぶ?
うん。それじゃがんばってネ」
特に不平もなくみんなが従うのは、こうやって、ひとりひとり、ちゃんと意見を聞いてるからなんだろうね。
ボクはちょっと、小田先生に好感をもった。
「そこに立ってる男子は、そっちのお姉さんとね。
おっぱいおっきいお姉さんとで、うれしい?」
ペアが組代わって移動する中。
ボクは、佐藤さんがきてくれないかな…と、期待してた。
けど、ダメだった。
隣に来たのは、あぶれてた女の子。
はじめてみるから、隣のクラスの子かな?
ぽっちゃり系の女の子で…わるいけど、ぜんぜんタイプじゃない……。
背丈も全然ちがうし。
端からみたら、戦艦と駆逐艦。タンカーとタグボート。ブロントザウルスとテコドント…。
同じ背丈違いなら、春子お姉さんがいいよ……。
ボクは女の子に悟られないよう、こっそり肩を落とした。
「さて。これでいいかな?」
「は〜い〜」
みんなが手をあげる中、ボクは体育館から逃げ出したい気分。
「あら?
先生の相手がいないじゃない」
おどける小田先生に、みんな、どっと沸き返る。
「せんせい、いんら〜ん〜」
シャワー組の男子から声がかかった。
「こらっ! どこで覚えたの、そんな言葉っ!」
「国語の時間〜。先生からで〜す〜」
「うそおっしゃい。あとで書き取りの練習よ?」
また、笑いが起きた。
隣のクラスって、いつもこんな感じなのかな?
騒がしいけど、楽しい感じ。
ボクもあの男の子みたいにいえたら、友達できるのかな…?
「それじゃ。
シャワー組は、ゆり先生についていって」
ゆり先生と一緒か…いいなぁ…。
プリントのとおりにするんじゃなかったなぁ…。
ボクはちょっとうらやましく思い、ゆり先生の後ろ姿を見送った。
「あら?」
立花組が出ていく中。
見渡してた小田先生の視線が、ボクのトコで止まった。
「鈴代たち、たしか、はじめて同士だったわよね?
それじゃ、早川さん、代わってあげて」
- はじめて体験へつづく…
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