!!!人魚姫との約束 {{category 本編,プロローグ,nolink}} !■ハンス(仮名)は猫の先導で、廊下を歩いていた。 {{ref_image cloister03_c.jpg,pic}}  姫さまへ婚約の話をしに行くのである。  ブスッと黙ったままの猫。  あとをついて歩くハンス(仮名)。 //  いくら猫といえど、相手がしゃべれるとわかっている以上、黙ったままというのは、なんとも気まずい。  いくら猫といえど、相手がしゃべれる以上、黙ったままというのは、なんとも気まずい。 //--  ハンス(仮名)は話しかけてみることにした。 「ねぇ、姫さまってどんな人?」 「呆れた。  アンタ、相手のことも知らないで、婚約しようとしてたの?」  この時代、初夜が初顔合わせ、なんてことは珍しくない。 // 猫のいってることは、女ったらしのハンス(仮名)への当てつけである。  猫のいってることは、“女ったらし”への当てつけである。  しかし、極楽とんぼのハンス(仮名)には、そんな高等会話は成り立たないらしい。 「ひと目惚れだからね〜。  教えてくれるとありがたいなぁ〜」 「あっそ」  猫はハンス(仮名)を一瞥もせずに答えた。 「……」 「……」 「ねぇ。ああいうこと、よくあるの?」  “ああいうこと”とは、先程の誘拐未遂事件のことである。 「タマにね」 「キミ、相手を知ってるみたいだったね?」 「まぁね」 「……」 「……」  なんとも会話を続けにくい…。 「えーと。どういうヤツなの?」 「人魚解放同盟とかいうヤツラよ」 「人魚解放同盟?」 「お花畑集団よ」 「お花畑…」  生花を作ってる農業団体のことであろうか?  にしてはおかしな団体名である。 「姫さまを取り戻せば、人魚たちが解放されると思ってるの。  そんな簡単なコトじゃないのに…」  なにやら複雑な事情があるようである。 「アンタは仲間じゃなかったのね」  やっと猫から話が出た。 「ボクは聞きたいことがあっただけだよ」 「聞きたいこと?」 「姫さまに会ったらね」 「フンッ!」  ニッコリするハンス(仮名)に猫は鼻を鳴らし、再び沈黙の道行となった。 「声がかかるまで、そこで待ってなさい」  そういうと翼のある猫は、廊下の窓から外へ出ていった。  姫さまの部屋へは、窓から窓へ出入りしているのだろう。  しばらくすると、扉の向こう側から声が聞こえた。 「お入りください」  それは物静かで、淑やかな公女らしい声だった。  ハンス(仮名)はノックしてから、目の前の扉を開けた。 !■人魚姫は、端然と椅子に腰掛けていた。 //{{ref_image le_bath01a_Dmy.jpg,pic}} {{ref_image 00-04-1.jpg}} //  ランプの灯に煌めく宝飾品とティアラ。  光沢のある真っ白な、凝った仕立てのドレス。  長い裾から覗く足ヒレがなければ、人間の王女と見間違えんばかりの物腰である。 //--  昼間とちがって、その両の瞼は開かれ、ハンス(仮名)にまっすぐ向けられていた。  初めて見るその瞳の色は、海の青さ、そのもの。  人魚の中には、見たものを石に変える者がいるというが、それがこの瞳なのだろうか…。  ハンス(仮名)は一礼をするのも忘れ、ぼうっと立ち尽くしてしまった。 「飛び猫から話は聞きました。  まずは礼を述べなくてはいけませんか?」  人魚姫から声がかかると、ハンス(仮名)はようやっと自分を取り戻した。 「お礼って…?  ああ、いいよ。気にしなくて」  誘拐未遂から助けたことをいってるのだろう。  ハンス(仮名)はそう思ったのだが…。  実のところ、人魚姫は遠回しに、ハンス(仮名)の一礼を催促しただけだった。  それが証拠に、人魚姫は眉を険しくし、続く口調は冷たいものであった。 「わたくしに聞きたいことがあるとか」 「うん」 「どのようなことでしょう?」 「姫さまなら、知ってるでしょ?  <ミレニアム>への行き方」  <ミレニアム>、それは永遠の桃源。  この世界のどこかにある、人魚の――女しかいない黄金郷。  そこへ往ける者は、征服の力と絶対の富を得るであろう…。  旅する者で知らぬ者はいない、伝説の国である。  ハンス(仮名)がこの街に来た、本当の目的もそれであった。 「あなたもそれが目的でしたか」  人魚姫は落胆の吐息を深くついた。 「姫さまは帰りたくないの?  自分の故郷へ」  “故郷”という言葉に、人魚姫の眉がピクリとした。 「それを聞いて、どうなさるおつもりですか?」 「姫さまを帰してあげる」 「それだけ?」 「うん。それだけだよ」 「あなたが行きたいのではなくて?」  その言葉には、公女らしからぬ嘲りがあった。 「うん。行ってみたいね!」  人魚姫の目が一段と険しくなった。 「でも姫さまがイヤなら、ボクは行かない」 「その言葉を信じろと?」 「姫さまって、人間不信なの?」  あっけらかんとした言葉に、人魚姫はあからさまにハンス(仮名)を睨んだ。 //  しばらくそうした後、人魚姫は哀しげに溜め息をついた。  しばらくそうしたのち、人魚姫は苦々しげに溜め息をついた。 //-- 「結局、わたくしは、それだけの存在なのですね…」 「それだけ?」 「わたくしを欲する者は、わたくしではなく、<ミレニアム>を欲しているのです。  わたくしは、ただの地図にしかすぎません」 「ボクはそんな風には――」 {{size 4,"「ではなぜ、わたくしを欲するのです?"}} {{size 4," 婚約などといいつつ、<ミレニアム>を手中にしたいだけではないですか?!」"}}  突然の荒らげた声に、ハンス(仮名)はびっくりしてしまった。  人魚姫も自身の声に驚き、顔を赤く俯かせた。  その頬には先程までの気高さはなく、少女らしい恥じらいを浮かべていた。  ハンス(仮名)はその様子に、胸をキュンと鷲掴みにされた。 //  恥じらう頬をよくよく見れば、それはハンス(仮名)と同じ、年端もいかないもの。  恥じらう頬をよくよく見れば、それはハンス(仮名)と同い年くらいのものである。 //--  胸の膨らみも、女性としてはまだまだ足りない幼さ…。 // //  ハンス(仮名)はてっきり、自分より年上かと思っていた。  てっきり年上と思っていたハンス(仮名)には、少々の驚きであった。 //--  人魚姫の落ち着いた物腰は、そう思わせるに十分であったし。  なにより装飾品やドレスが、それを十二分に演出していた。  しかし、それは虚飾の拘束具。  華美なドレスを纏っていては、地上どころか、水の中でもうまくは動けないだろう。  装飾品は闇に光り、道に残れば、追う者の目印になる。  おそらくは、ギルドが着けさせいてるものか…。 //  捕らわれを打ち消す豪華な装飾品も、ハンス(仮名)の目には、哀れな拘束具に成り果てる…。  捕らわれを打ち消す豪華な装飾品も、今では哀れな拘束具に成り果てる…。 //-- 「えっと…」  ハンス(仮名)は人魚姫の気を紛らそうと、一生懸命に言葉を探した。 「姫さまは、ボクとの婚約がイヤなんだと思ってたよ」 「そんなことはいっていません」 「それじゃ、婚約してくれる?」 「そんなこともいっていません」 「姫さまは、ボクをどう思う?」 「…わかりません」 //  会ったばかりでは答えようもない。  正直な答えは、人魚姫の育ちの良さを物語っていた。 //-- 「ボクは姫さまが好きだよ。  広場で見て、ひと目惚れしちゃった」 「あなたのことは…飛び猫から聞いています。  200人の妻と100人の妾、300人からの子供がいると」 「でも、正妻はいないよ」 {{size 4,"「うそ!」"}} 「信じて」  人魚姫はハッと息を呑んだ。  ハンス(仮名)のそのまっすぐな眼差しは、お茶らけた色ボケのものとは思えなかった。 「ボクは、姫さまに嘘はつかない」 「わたくしだけを、愛してくださると…?」 「姫さまが、そう望むなら」  人魚姫は迷っていた。 //  この男を信じてよいものか…。 // この、年端もいかない、少年を信じてよいものか…。  この、年下の少年にしかみえない男を、信じてよいものか…。 //-- 「ひとつだけ、聞かせてください…」  戸惑うように、人魚姫は呟いた。 「なぜ、先ほど、“故郷”と…?」  今まで言い寄ってくる連中は、誰もが“国”といっていた。  “人魚姫の国” //  それが欲しいと、脂ぎった欲が滲み出ていた。 //--  “故郷”などと、懐かしい響きでいってくれたのは、ハンス(仮名)だけであった。 「ボクは、故郷には帰れない身だから」  ハンス(仮名)はニッコリと笑顔を作った。 「国を売り飛ばした悪党だし、現・国王には疎ましい存在だからね。  いない方が、みんな笑って暮らせるんだ」  こともなげに笑う男の子を、人魚姫はまともに見づらかった。  半分だけ…信じてもよい…。  しかし、まだ躊躇いがあった。 「……ならば、誠意の証を」 「証?」 「ミレニアムへ行くための、七つの紋章を集めてください。  それがわたくしからの条件です」 「うん。わかった。  約束するよ」  “七つの紋章を集める”  それがどんなに困難なことか…。  人魚姫は知り、ハンス(仮名)はなにも知らなかった。 {{ref_image 00-04-2.jpg}} 「ニーヤ?」  人魚姫がその名を呼ぶと、翼のある猫が走り寄り、人魚姫の膝に飛びのった。 「目付役として、この飛び猫のニーヤをつけます」  人魚姫に顎を撫でられ、飛び猫・ニーヤはゴロゴロと喉を鳴らした。  猫らしく、姫さまの前では猫を被っているらしい。 「あなたはこの地方には不慣れなようですから。  案内役にも適任でしょう」  少しだけ、人魚姫は和らいだように感じた。  そしてハンス(仮名)はそれだけで、うれしさを感じていた。 「わたくしとの約束、必ず守ってくださいね…」  そう呟きながら、人魚姫は“封印の眠り”に陥った…。 !■かくして長いプロローグを経て、 {{ref_image BG04a_80.jpg,pic}}  ハンス(仮名)は、故国再興資金と七つの紋章を集める、マーメイド・ハンターになったのである。  ああ…ホントに長いプロローグであった…。 {{counter2 mer00Count}}